これは、セントラルER特別救助分遣隊、通称「SReD(スレッド)」が設立する前の物語。
「うえええええええええ……」
ミドリは苦い顔で唸っていた。
SReDの隊員として、司令部が保護したルシエラン―かつてのリサージェントアークスである―の人々を受け入れることが決まり、無事に全ての隊員が決まる……かに思われた。だが。
「特別対応班の指導役、せめてもう1人欲しいんだよなあ……」
ルシエランから選出された隊員は、戦闘や医療に関する知識面においては必要水準を満たしていた。しかし、マノンやSReD副隊長のエリアスのような「監視者」を除くルシエランは、ルシエルでの研究活動に従事していたこともあり、実働経験が乏しい。そのため、OJTで実技面を指導する指導役が必要となっていたのである。
現場にて救助・応急処置を担当する「救助班」はミドリをはじめとするERメンバーがローテーションで指導役を務めることが決まっていた。しかし、現場での安全確保のために最前線で戦闘をする「特別対応班」の指導役は、現状エリアスただ1人のみとなっていた。
「監視者」に選ばれるほど優秀なルシエランであるエリアスであれば、恐らく1人でも難なく指導役をこなせるだろう。しかし、エリアスはマノンよりも感情に乏しいという特徴があった。
「……理性だけで動くのならば、何も人間でなくてもいい。意思を持たないロボットにでもアークスとして活動させればいい。人間の僕たちがアークスたり得るのは、感情を持っているからだと信じている。だからこそ、彼らにも感情の大切さを教えたい……んだけどなああああああ」
感情について教えられ、戦闘経験もある人物。ER、SReDのメンバーの中での適任者はミドリだったが、流石に特別対応班の指導まで兼任するのは厳しい。
「……いっそのこと、捕獲隊の誰かに頼もうかなあ……」
ミドリは重い腰を上げ、勝手に使っていたERのセンター長室を後にした。
ミドリがセントラルシティに向かうと、ふと目に付いたものがあった。
「……段ボールハウス?」
ハルファの住人はみな何かしらの住居が与えられている。就労している者は家賃を支払う必要があるが、代わりに何かしらの不可抗力で就労できない場合は、家賃が免除される。さらに、最近では「クリエイティブスペース」と呼ばれる島が最低1つずつ与えられているため、最悪自力で建物を建築できる。
つまり、ハルファで住居に困ることはない、はずなのである。
「……あれ、よく見るとアイツって……」
ミドリはあることに気づいた。段ボールハウスにいた男は元犯罪者だった。現在は刑期を終え、更生の道を歩んでいると聞いていたが。
元犯罪者というレッテルのために、職や住居にありつけないという可能性は十分考えられた。
「あのままだといずれ命が危なくなるよなあ……声かけようかな」
公的機関の医師として、そして1人の人間として、たとえ元犯罪者だろうと、命の危機に瀕する人を見過ごすことはできない。
ミドリがその男に声をかけようとした、その時だった。
「……おや?」
ミドリは1人の女性が段ボールハウスに向かっていくのを見た。服装からして、シティの治安維持と防衛に努める、警備局のアークスのようだ。髪は長く、戦闘職種としてはやや珍しい小柄な体躯。
ミドリはたまたまそこに居合わせたふりをして、その様子を観察することにした。
女性は何やら男と話していたらしいが、やがて携帯食を取り出すと、その男に渡した。
(へえ、普通ならあそこまでできないよねえ、しかも堅物の警備局の連中ともあれば余計にだ)
警備局はその業務の特性上、過去・現在を問わず、犯罪者には厳しい目線を向けることが多い。にも関わらず、彼女は元犯罪者の男に対して、そのような目線を向けることはなかった。普通の一般市民と変わらない態度で接していた。
それからさらに話し込んだ後、男と女性はセントラルタワーに向かって移動を始めた。
(……声かけてみるか)
ミドリは2人に声をかけた。
「もしもし、そこのお二人さん?」
「……は、はい?」
女性が振り返り、ミドリの方を向いた。
「失礼だけど、その人別に今は犯罪を犯してないよね?警備局の人がその人を連れてどこに行くの?」
女性はミドリの質問に対して面食らったようで、おどおどした様子で答えた。
「あ、その、い、医療福祉局に行こうとしてて……」
「医療福祉局?」
「は、はい、この方、何故か住む場所がないみたいで、それで、申請のお手伝いをしようと思って……」
「へえ……警備局の人がそこまで首突っ込むの?」
「も、もちろん、本来の仕事じゃないですけど……」
そう言うと、女性の表情が変わった。さっきまでのおどおどした様子は微塵もない。
「それでも、人を助けるのはアークスの仕事ですから」
今度はミドリが面食らう番だった。ここまではっきり言い切られるとは思っていなかったからだ。
ミドリは女性に問いかけた。
「……君、名前は?もしかして新人さん?」
「司令部警備局所属のミイナ・レーヴェンと申します。……お察しの通り、着任してまだ1年目の新人です」
「僕はミドリ。セントラルERの医局長だ」
「ERの……偉い方、です!?」
「ん~、まあ偉いっちゃ偉いのかな、ウチあんま上下関係厳しくしてないからさ~」
ミドリはいつもの調子で答えると、さらに続けた。
「もしだったら、僕も付き添おうか?仕事柄、医療福祉局とも繋がりがあるし、力になれると思うけど」
ミドリの提案を、ミイナはやんわりと、しかしながら毅然とした態度で断った。
「お気持ちはありがたいですけど…… お断りします。この方を医療福祉局に連れて行くと決めたのは私ですから、最後まで私の責任でやりとげたいんです」
ミドリはミイナの答えを聞くと、それ以上無理強いをすることはしなかった。
「わかった。もし困ったことがあれば、いつでも言ってね、それじゃ」
ミドリはミイナたちと別れると、捕獲隊のたまり場であるシティの噴水へと歩き出した。
だが数歩歩いたところで立ち止まると、突如踵を返し、タワーの司令室へと向かった。
珍しくクロフォードは不在にしていたため、ミドリは近くにいたオペレーターのランに声をかけた。
「お疲れ様、突然ごめんね。クロフォードってどこにいるかわかる?」
「あ、お疲れ様です。クロフォードさんなんですけど、今ちょうど会議に出席してて……」
「なるほどねえ…… あのさ、警備局のアークスの経歴とか人事評価って、オペレーターの権限で出してもらうことはできる?」
「経歴に人事評価、ですか…… 正式な依頼があればオペレーター権限で出せますけど、ERの依頼だと難しいと思います、治療に直接影響するわけじゃないでしょうし」
「あ、そっちじゃなくて、SReD部隊長として依頼をかけたいんだけど」
「あ、特別救助分遣隊としての依頼ですね。人事に関係するのであれば問題ないかと」
「わかった。なら一応依頼だけしておくよ。もし無理ってなったらそれはそれでいいからさ」
「わかりました、それで、お調べする方のお名前は?」
「ああ、ミイナ・レーヴェンって人なんだけど」
「……ミイナの?」
ミイナという名前を聞いたランは、一瞬困惑の表情を浮かべたが、すぐにいつもの様子に戻ると、ミドリに言った。
「わかりました、調べておきますね」
それから約1時間後、ミドリはメディカルセンターの会議室を借りていた。誰にも邪魔されず、1人で仕事がしたい気分だったからだ。
会議室の中で、ミドリは司令部から送られてきたミイナの経歴と人事評価をチェックしていた。
アークス訓練校を卒業後、リテムリージョンのアークスを1年務めたのち、司令部警備局のアークスとして着任。シティ内の治安維持がメインだが、統制型ドールズ討伐戦、ネクス・ヴェラ討伐戦、資源採掘リグ防衛線等の大型任務に複数回参加した経験あり。
「1年目でこの戦績か…… さぞかし優秀なんだろうなあ」
そう思いながら人事評価を見ると、ミドリは別の意味で目を丸くした。
「……え、なんでこんな評価低いの?」
かなりの実績を上げているはずにもかかわらず、ミイナの人事評価は下から数えたほうが早いくらいだった。
ミドリは唖然とし、この評価に至った理由を探すが、「同期の成績と比較したうえでの結果である」との記述しか見つからなかった。
「……いくらなんでも、こんな戦績だったら、厳しく見たってもう少し上でもいいだろうに……」
ミドリは違和感を覚えた。何か評価の壁となっている要素が別にあるのだろうか。
その時、ミドリはふとあることを思い出した。
「そういえば、あの時のランの様子、なんか変だったなあ……」
それはミドリがランに、ミイナの経歴開示を依頼した時のことだった。ミドリはランが一瞬浮かべた困惑の表情を見逃さなかった。そしてその様子が、妙に引っかかっていた。
ふと時計を見ると、時間はちょうど夜に差し掛かるころだった。ミドリはクロフォードに連絡を入れた。
「あれ、ミドリか、珍しいね、そっちから連絡をしてくるなんて」
「ああ、ちょっと聞きたいんだけど、ランって今日はもう仕事終わった?」
「あ、うん、さっき帰ったけど…… 何かあったの?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあったんだけど、退勤したならいいや、急ぎじゃないし。明日本人に連絡とってみるよ」
「わかった、そっちは今日は徹夜覚悟なんだろ?」
「まあね~…… そうでもしないとSReDの人選が終わんないし。そういうそっちこそ、どうせ今日も徹夜なんだろ?」
「まあ、そうだねえ……」
「……お互い、体には気を付けような」
「……そうだね、君に面倒かけないようにしないとだね」
「アハハ、そうだね、それじゃ」
ミドリは通信を切ると、すぐにランに通信を繋いだ。
「ミドリさん?どうしたんですか、こんな時間に?」
「お仕事お疲れさま、ちょっと個人的に聞きたいことがあるんだけど……」
「はい?」
ミドリは静かに問いかけた。
「……君、ミイナと知り合いだったりする?」
ランはその問いかけに、感情の無い声で答えた。
「……どうしてそう思うんですか?」
「ミイナの件を依頼した時、一瞬君固まったよね。あの時の顔、ただの困惑の顔とは思えなかったんだよ。不安、心配、恐れ、そんな感情を感じさせる表情だった。」
「……。」
無反応のラン。ミドリは続ける。
「それに、無意識か意図的かはわからないけど、君、ミイナのことを『ミイナさん』じゃなくて『ミイナ』って呼んだよね。
「……!」
ランは無言を貫いてはいたが、通信の向こうの空気感が変わったことをミドリは察した。
「普段誰にでも敬称を付ける君が、ミイナのことは呼び捨てで呼んでいた。それで思ったんだよ、もしかしたら、ミイナと君は知り合いなんじゃないかって。それもただの知り合いじゃなく、それなりに親しい関係のね。」
相手からの返事はない。ミドリは核心を突くであろう問いかけをした。
「……君、ミイナのことで、何か抱えていることがあるんじゃないかい?」
彼女は決して何かを隠しているわけじゃない。言いたくても誰にも言うことができないでいる。ただそれだけ。ミドリはそう感じていた。
長い長い沈黙ののち、ランが口を開いた。
「……やっぱり、SReDの部隊長さんに任命されるほどの人には、かないませんね」
その言葉とは裏腹に、ランの口調にはどこか安堵の感情がにじみ出ていた。
「……あの、今からお会いできませんか。できれば、誰にも聞かれない場所で、お話ししたいです」
「……わかった。30分後、ERのセンター長室に来てくれ」
ミドリは通信を切ると、さらに別の相手に通信を繋ぎながら、ERへと向かった。
「もしもし、ナギサ?ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
きっかり30分後、ランはセンター長室にやってきた。
「……あの、ナギサさん?」
「なんでしょう?」
「ミドリさんは、どこに……?」
センター長室の中で待っていたのは、ER副センター長のナギサ、ただ1人。
呼び出した張本人であるミドリがいないのである。
「ミドリ先生はこちらです」
ナギサはそう言うと、センター長室の壁に触れた。
すると、ナギサが床を貫通して地下へ吸い込まれていった。
「!?!?」
困惑するランに、ナギサはまるで何事もないかのように言った。
「ランさんもこっちに来てください」
「…は、はい……」
びくびくしながら、ランは地下へとゆっくり歩いて行った。
地下の廊下の先にあったのは、そこそこの大きさの会議室のような部屋だった。
「お、来たみたいだね」
「……あ、ミドリさん!」
その部屋にいたのは、他でもないミドリだった。
「ようこそ、SReD作戦指揮所へ」
「……え、ここが、です?」
「うん、実はここ僕以外の隊員誰も入ったことないんだよね~」
「え、ええ!?」
「でもさ、完全にプライバシーが守られる場所ってここしかないかな~って思ってさ。ここだったら絶対話し声漏れないし」
「な、なるほど……」
「あ、あと今回はナギサさんも同席するからね。僕だけでもいいかな~と思ったんだけど、やっぱ同性の人がいたほうが話しやすいかな~と思って。それに知ってると思うけど、ナギサさんも部局は違うけど司令部出身だから、司令部関係の内情は多分僕よりもよくわかってると思うし」
「あ、ありがとうございます……」
「じゃ、そこ座ってよ、ナギサも彼女の隣に」
「はい。」
「は、はい」
ミドリはランとナギサの向かい側に座ると、話を切り出した。
「……さて、単刀直入に聞くけど、ミイナとの関係は?」
「……学生時代からの友人なんです。私はオペレーターで、ミイナはアークスで、別々の道を歩むことにはなりましたが」
「なるほどね。それで、ミイナのことで、何か抱えていることがあるんだろう?」
ミドリの問いかけに、ランは迷うそぶりをしながらも、ゆっくりと口を開いた。
「……ミイナは、とても優しい子なんです。誰に対しても、助けを求める人がいれば、手を差し伸べようとする。そんな子なんです。」
「……ふむ。」
「……学校のワークで『物乞いの人から金品をせがまれたらどうするか』ってテーマで話し合いをしたことがあるんです。私を含めたクラスのみんなが、何もあげないとか、上げてもせいぜいお菓子くらいっていう中で、彼女はただ1人だけ、お金をあげるって言ったんです。
もちろんクラスのみんなからはものすごい批判を浴びました。1人にお金をあげたら次から次へと寄ってきてキリがなくなるとか、間違った成功体験を与えることになってしまうとか。
彼女はその批判を受け止めたうえで、『それでも、目の前の人が救えるなら、私はお金をあげる。責めたければいくらでも私を責めればいい』って言ったんです。」
「……それは、すごいね」
「もちろん、あの頃はまだ私たちも子どもだったから、具体的な考えや覚悟なんて何もない、口からつい出てしまった言葉だったかもしれません。だけど彼女の中には、心からの優しさがある。そう感じて、私はすごいなあって思ったんです。」
「そうか……しかし、その考え方は」
「ええ。治安維持が任務の警備局とは折り合いの悪い考え方です。だから、ミイナは警備局の中で冷遇されてるみたいなんです」
「……冷遇、か」
「……見たんですよね、ミイナの人事評価」
「……ああ」
ミドリは苦い顔をしながら答えた。
「……私も、本人からその話は聞いてたんです。同時期に着任したメンバーは、着任して半年後にほぼ全員一つ上のランクになったのに、彼女のランクは上がらなかった。大規模作戦にも参加しているのに、です。
それでも彼女は文句ひとつ言わなくて。……いえ、弱音は吐いてました。優しいから、悪い人を前にしても躊躇してしまうんだって。
でも、それでも彼女は、これだけはどうやっても変えられないからって、変えられないなりに、もっと頑張らないと、って……」
ランの目からは、いつの間にか涙かこぼれていた。その様子を見ながら、辛そうな表情でミドリは言う。
「……事情は分かった。そして僕に吐き出そうと思ったのは、SReDの一員に彼女を迎え入れてほしいと思ったからだろう?警備局から切り離すために」
ランは無言でコクリと頷いた。
「……だけど、申し訳ないがそれはできない。彼女がそれを願うなら話は変わるけど、そうでない以上、今の段階では僕は無理にまで彼女を引き抜こうとは思わない」
「……やっぱり、そうですよね」
「……力になれずに、すまない。」
ミドリは苦しそうな表情で、ランに謝罪した。
「……ミドリ先生、私からも一つ、よろしいでしょうか?」
それまで静かに話を聞いていたナギサが、口を開いた。
「ええ、もちろんです」
「……ランさん、ミイナさんの友人であるあなたに、伝えてもらいたいことがあるんです」
「……え?」
「……あなたの優しさを認めてくれる人が、必要としてくれる人が、必ずいる。そう伝えてもらいたいんです。」
ナギサは続ける。
「私は飛び級に飛び級を重ねて、医療福祉局の医系技官になりました。周りから一目置かれるようになるにつれて、当然、私のことを快く思わない人も増えてきました。そしてある日、私は大きなミスを犯しました。ただ、そのミスは私が原因となったものではなく、その快く思わない人たちが仕掛けたものでした。私を陥れるために仕組んだことだったと知ったのは、ずっと後になってからでしたが。
私はその責任を取る形で閑職に回されました。そして実績を上げれば誰かに横取りされ、ひとたびミスが起これば私が関わっていないはずのことでもすべて私のせいにされる。そんな地獄の日々が続き、いつしか私は、感情を持たないロボットのようになっていました。」
それまで淡々と自らの過去を明かしていたナギサが、初めて表情を歪めた。
「今でも私を閑職に回した上司が放った言葉は忘れられません。『いくら優秀でも、ミスをする人間はいらない』。その言葉を聞いて、私は愕然としました。みんな私の能力や技術しか見てなかった。『ナギサ』という一個人を見てくれる人なんて、誰もいなかった、って」
ミドリがだんだんとばつの悪い表情を浮かべる中で、ナギサはさらに続ける。
「そんな中で、私はミドリ先生に出会いました。先生は、私の実績を正当に評価してくださいました。他の人の成果という扱いになっていた案件まで先生は引っ張り出してきて、良いところは大いに褒め、改善点があればきちんと指摘してくださいました。そのうえで、私にこうおっしゃったんです」
『君、ERの副センター長になってくれないかな?』
「最初は断りました。ただの一医系技官が、出向までして副センター長になるなんておこがましい、と。でもミドリ先生は『ということは、君自身の気持ちとしてはやりたくないわけじゃないんだよね?』とおっしゃったんです。私は気が付くと首を縦に振っていました。落ちこぼれの医系技官というしがらみさえなければと、私自身も思っていたのでしょうね。ミドリ先生はさらにこうおっしゃいました」
『だったら僕はどんな手段を使っても君を引き抜く。君の力が必要なんだ。
君の噂は聞いていたよ。飛び級を重ねたがゆえに、周囲からの風当たりが強いってね。それにも関わらず、己が信念を貫き通してこれだけの実績を上げた。例え成果を横取りされたとしても、愚直に自らの責務を果たし続けた。その意志の強さを見て確信したよ。能力面に人間性、どれを考慮しても、副センター長に適任なのは、君しかいない。
大丈夫だよ、ERは曲者揃いだけど、命を救うことに一生懸命なやつらの集まりだからね。君のことを冷遇なんてしないよ。』
「その言葉を聞いて、気が付くと私は号泣していました。自分の能力だけではなく、『ナギサ』という一人の人間として見てくれたことが、本当に……心の底から嬉しかったんです。」
そういうナギサの横で、ミドリがこれ以上ないほどのばつの悪い顔をしながら言った。
「……あの、その話だいぶ美化されてません?そんなカッコいいこと言った覚え無いんですけど、僕」
「ハッキリ言ってましたよ?まるでプロポーズでもするかのように熱烈に」
「いやそこは絶対おかしな誇張入ってますよね!?」
「まあそれはともかく」
「スルーすんな副センター長~!」
ミドリの抗議をよそに、ナギサはランに言った。
「……ミイナさんの優しさは、とても素晴らしいものだと思います。ですから、その優しさを評価してくれる人がきっといる。私はそう信じています」
「……ありがとうございます、ナギサさん。ミイナに、伝えておきます」
ランはそう言うと立ち上がり、ミドリとナギサに深々と礼をした。
「お二人とも、本当にありがとうございました……!」
「ううん、こっちこそ話してくれてありがとうね」
「ミイナさんのこと、よろしくお願いしますね」
ミドリとナギサは、互いに笑いながら応じた。
ERの出口まで送り届ける途中、ランが言った。
「……そういえば、ふと思ったんですけど、ミドリさんって確か医局長でしたよね?なのに、どうして自分の上司にあたる人をミドリさんが指名したんですか?」
「……ん、ん~と……」
痛いところを突かれ、ミドリがしどろもどろになる中、ナギサが代わりに答えた。
「……そういえば、センター長は多忙でほとんどERにいないという噂が広がっているみたいですね。その噂は事実ですが、あまりにもセンター長が来ないので、私もセンター長の名前を忘れかけてるんですよね……」
「ちょ、ちょっとナギサさん!?」
「ランさん、ERのセンター長の名前、ご存じですか?」
「え?確か、『澄石ミドリ』さんって方じゃあ……って、え……?」
何かに気づいた様子のランに、ナギサは悪戯っ子のように笑い、人差し指を口元に当てて言った。
「……つまり、そういうことです。このことは内緒にしてくださいね?」
ERの入り口までランを送り届けたミドリとナギサは、そのまま言葉を交わした。
「……ごめんね、君だってあまり思い出したくない過去だっただろうに……」
「いえ、気にしないでください。切り出したのは私ですし」
「……ところで、最後のセンター長の話、言う必要あった?」
「ふふ、嫌な記憶を思い出させたお返しです」
「やっぱ根に持ってるじゃん!」
それから数日後。ミドリはシティをうろついていた。
例のごとく、指導役が決まらずにいたため、現実逃避をしようと思い立ったのである。
(……まあ、逃げれるわけないんだけどさ)
ミドリはそんなことを思いながら自嘲気味に笑う。すでに特別救助分遣隊自体は、設立準備室の期間を終え、正式な部隊として動いている扱いとなっている。だが実際のところはミドリの一人部隊状態だ。いい加減にケリをつけなければ。
そんなことをミドリが思った、そのとき。
突如タワーの方角から発砲音が響いた。
「……!」
ミドリは反射的に発砲音の方角へと駆けた。
セントラルシティをはじめとする各拠点は、武器の使用ができないように制限がかけられており、拠点内で武器を使用する場合は、特例許可証の常時携帯が必須となる。しかもそれ以前の問題として、そもそも武器使用の特例が許可されることは滅多にない。
つまり、拠点内で武器の音がするというのは、それだけで異常事態になりえるのだ。
ミドリが駆けた先にいたのは、ツインマシンガンを持った男と、その男に事情を聞いているのだろうか、警備局の制服を着た女性だった。
(……おや?)
ミドリは女性の方に注目した。ロングヘアーに小柄な体躯。その姿は数日前にも見た覚えがある。
(ミイナが対応してるのか?)
ミドリは周囲の風景の写真を撮るフリをしながら、様子を伺った。
「……いやだから、間違って発砲しちゃっただけだって!」
「だとしても、特例許可証は所持しているはずですよね?見せてください」
どうやら男は、間違って発砲してしまっただけと主張し、ミイナはそれを信じつつも、規定に則り許可証の提示を求めているようだ。
この様子だと、男は許可証の提示を渋っているようだ。許可証をどこかに置いてきたのか、それとも――
ミドリが思案していると、そこに別の警備局員と思われる男が現れ、2人の間に割って入った。
「何やってるんだ、ミイナ」
「あ、ロウさん、さっきの発砲音を発生させた人に、許可証の提示を求めてるんですけど、なかなか応じてもらえなくて……」
「あん?つったってただ暴発しただけだろ?そんなんで一々許可証の提示なんて求めてるから仕事が進まないんだよ、お前は。さっさと開放してやれ」
「でも、それでは規定違反に……!」
「うっせーな、俺の指示が聞けねえって言うのか!」
ロウと呼ばれた男は、ミイナの肩を突き飛ばした。突き飛ばされたミイナが尻もちをつく。
それからロウは男に向かって言った。
「ウチの部下が迷惑かけたな、もういいぞ、次は暴発しないように気を付けるように」
ロウの発言を聞いた男は、ニヤつきながらミイナに吐き捨てるように言った。
「……だとさ、警備局にも話の分かる奴がいるんだな、そこの嬢ちゃんとは大違いだ!」
男はミイナたちに背を向けて、ミドリのいる方向へと向かってきた。
ミドリは男とすれ違う寸前、男の腕をぐっと掴んだ。
「……あん?」
「……失礼、拠点内における武器使用の特例許可証を見せてもらえませんか?」
「……は?」
「拠点内において武器を使用する場合、いかなる理由であろうと特例許可証の常時携帯が必須です。そこの女性の警備局員が言ってましたよね?」
「だから、暴発って言っただろ?そこの警備局員だってそれで通してくれただろうが!」
ミドリは穏やかな目で、しかし冷静に返す。
「だとしても、特例許可証はもってますよね?だって、許可証は紙ではなく、あなたのマグに搭載される電子証明書なんですから。失くすわけないですよね?」
特例許可証を常時携帯すること。明文化はされているが、あくまでもこれは形式的なものである。実際のところは、特例許可を行う武器のIDと使用者のIDを紐づけるためにマグの機能を使用するため、特例許可証はマグの中に電子データとして保存されており、また編集や削除はマグの使用者側からはできない仕組みになっている。そのため、許可証を忘れたり失くすといったことはまず起きない。
そしてマグは常に所持者の周囲に浮かんでいるうえ、エネミーの攻撃を受けても傷一つつかない恐ろしいほどの頑丈さを誇るため、マグを失くしたり、マグが使えなくなったりするということはまずありえない。
つまり、特例許可証が発行されているなら、出し渋る理由自体が無いのである。
「それに、特例許可が出ていなければ、武器のシステムは拠点に入った時点でロックされますが、このロックシステムは大きく分けて、武器・拠点・そしてマグ、この3つの『装置』とでもいいましょうか、それによって制御されている。そしてどれかが機能しなかったとしても、他の装置によってロックがかけられる仕組みです。しかも実際のところは、それぞれの装置ごとに最低でも40種以上の識別システムが施されているという。ま、このあたりは全て僕の同僚、優秀な装備開発者の受け売りですけどね。
それらが全て機能しなくなったときにはじめて、暴発なんてことが起こるんです。そんなこと、あり得るでしょうか?」
ミドリは淡々と言うと、再度男に問いかけた。
「さあ、特例許可証を見せてください」
「うっせー!大体、何の権限があって言ってんだ!?」
男の問いかけに、ミドリは苦笑した。
「おっと、そうでした、自己紹介がまだでしたね」
そう言うと、ミドリの目つきが一転して鋭いものに変わった。ミドリは自らの身分証を表示させた。
「僕はセントラルER医局長、兼…… セントラルER特別救助分遣隊、SReD部隊長のミドリだ。本件に関しては、シティ住人の人命保護、及び万が一の負傷者発生時の即時対応のため、警備局に代わり独自の権限において介入するものである」
「とくべつきゅうじょぶんけんたい?たかが救助隊のお医者さんが、何で許可証の提示なんて命令できるんだよ!」
「だから言ってるじゃん、『独自の権限』って。ウチは『特別』救助分遣隊。人命が関わる事案については、警備局と同等の捜査権限を持ってるんだよ。窃盗とか動物を除く器物損壊とかは基本的にノータッチだけど、傷害とか殺人なんてのには必要に応じて介入することができるのさ。まして…… 今回の件は一歩間違えれば大規模テロ事案に発展、メディカル全体にコードブルー発動、なんて最悪の展開だって考えられるんだ。警備局が仕事しないなら、こっちが動くしかないでしょ?」
ミドリはしれっと警備局を批判しつつ、さらに続ける。
「そんなこと言ってる間に、君の顔写真を撮影して、司令部のデータベースに照合させてもらったけど、君やっぱり特例許可証発行されてないよね?なのに何で武器が暴発したのか、ぜひ事情を聞かせてもらいたいところだけど?」
ミドリは男に別の画面を見せた。そこには男の顔写真やプロフィールとともに、ある一文が書かれていた。
「拠点内での武器使用における特例許可:×」と。
それを見た男は、わなわなと震え、そして。
「あああああああああああああああ!」
雄たけびを上げながらミドリに殴りかかってきた。だがミドリはそれをたやすく躱すと、素早く男の後ろに回り、男の腕を捻り上げる。
「ぎいやあああああああああ!」
「ああもう、何で殴りかかってくるかなあ、本当に武器の故障が原因だったとしても、暴行罪の現行犯で一発アウトだってのに。というか、僕も一応アークスなんだから、それなりの戦闘技能は持ってるっての」
ミドリは男を拘束すると、ひそかに呼んでいたSReDの隊員に男を引き渡した。それからロウに向かって静かに言う。
「……それから、ロウだっけ?今回の件について君は重大な規定違反を犯しているようだね。ウチは救助云々に関してはERやメディカルの管轄下だけど、エネミーの駆除やこういう捜査については司令部、それも実質的にはクロフォードの直下だ。ウチがただの救助隊じゃなくて『特別』ってついてるのは、この辺の事情もあるんだよ。今回の件については、僕からクロフォードに直接報告させてもらう。……覚悟しておけ。」
その後の捜査で、男がシティ内で銃乱射によるテロを目論んでいたこと、男とロウが協力関係にあったこと、さらにロウが様々な汚職・不正行為を働いていたことが判明。ロウは即座に懲戒免職となった。
そしてロウが懲戒免職となった日の夜、ERに一人の患者が緊急搬送された。
「ミイナ!みいなあ!」
初療一番に向かうストレッチャー。その傍らに付き添うのはラン。ストレッチャーに寝かされていた患者は、ミイナだった。
「3カウントで移します、1、2、3!」
初療一番に到着したミイナを、ナギサたちが診察台に移す。
「ランさん、倒れる前の彼女の状況はわかりますか?」
ナギサの問いかけに、ランはうろたえながらも答える。
「わかりません、けど、ミイナからメールが来て、それで急いで行ったら、もう倒れててっ……!」
「メール、ですか?」
「はい、それと、それと!」
「落ち着いて。ゆっくりで大丈夫ですよ」
「それと、倒れていたミイナのそばに、錠剤の欠片みたいなものが……!」
「錠剤のかけら、ですか。どんな錠剤かはわかりますか?」
「いえ、欠片しかのこってなくてっ……!」
「了解しました、大至急薬物検査を。それからヌロンク2ミリと5プロツッカーを投与してください」
ナギサは限られた情報を冷静に分析し、的確に指示を出す。
そこに別の仕事をしていたミドリもやってきた。
「遅くなった、状況は?」
ミドリの問いかけに、ナギサが答える。
「ミイナ・レーヴェン、18歳、自宅で倒れていたところをランさんが発見。錠剤の欠片が落ちていたそうで、現在薬物検査を行っています」
「薬物の過剰摂取で自殺を試みたのかもしれませんね、急がないと手遅れになる」
状況を把握したミドリは、ミイナの治療に加わった。
「吸引と挿管の用意、それからメディカルから神経科医を呼び出して。血液ガスと電解質の測定も頼む。ナギサさん、血圧は?」
「80の60です」
「ラン、近くにお酒の瓶や空き缶は転がってなかった?」
「み、見た感じは、転がって、なかったとおもいます……」
「よし、ならまだ可能性はある!」
そこへ薬物検査に行っていた看護師のマヌーが戻ってきた。
「ナギサ先生、ミドリ先生、彼女の体内から睡眠薬の成分が検出されたんですが……」
ナギサとミドリは検査結果を見て、目を見開いた。
「これは……」
「数値が高すぎますね…… マヌーさん、結果に間違いはありませんよね?」
「ええ、念のため2回確認しましたが、同じ結果でした」
「オーバードーズ確定だ、もし脳が損傷していたらまずいね…… とりあえず尿のアルカリ化をして薬物成分を排出しよう。それから胃洗浄と血液還流の準備も頼む」
ミドリは指示を出すと、ランの傍に寄った。
「……ミドリさん、ミイナは、助かるんですか……?」
「正直、厳しい状態だ。いつ急変してもおかしくない。けど……」
ミドリは横たわるミイナに視線を向けて続ける。
「まだ可能性はある。その可能性に賭けるのが僕たちの仕事だ。全力を尽くすことを約束しよう」
「あ、ありがとう……ございます、よろしくお願いします……!」
ランが頭を下げた、その時。心電図モニタからアラームが鳴り響いた。
「細動発生!」
「来たぞ、除細動器の用意!200にチャージ!」
ミドリが除細動器を持ち、ミイナの胸に当てる。
「チャージ完了しました!」
「離れて!」
全員が離れると同時に、ミドリが除細動器のスイッチを押した。ミイナの身体が大きく跳ねる。
「まだ細動です!」
「250にチャージ!もう一度行くぞ!」
「チャージ完了!」
「離れて!」
再び除細動を行うと、モニタのアラームは停止した。
「洞調律!」
「よし、何とか乗り切ったね。胃洗浄とアルカリ化の用意は?」
「用意できてます」
「オーケー、始めようか」
命の危機は乗り越えたが、依然として厳しい状況は変わらない。ミドリは新たな治療に取り掛かり始めた。
そして3日後。
併設されているICUの個室に、ミドリとラン、そしてベッドに横になるミイナの姿があった。
「一時はどうなることかと思ったけど、翌日には意識を取り戻してね。今のところは後遺症はみられないし、状態も安定している。1週間もすれば退院できると思うよ」
「本当ですか!よかったです……!」
ミドリの言葉に、ランが涙を流す。
しかし、当のミイナは反応を示さず、ぼうっと天井を見上げていた。
そんなミイナに、ミドリは問いかける。
「……ねえ、どうして、一気に大量の薬を飲んだんだい?もしかして…… ロウのことと関係があるのかな?」
ミドリの問いかけに、ミイナはしばらく反応を示さなかったが、やがてポツリと呟いた。
「……無駄、だったのかな、って」
「うん。」
「ロウさんは、厳しいけど、とても信頼できる上司だったんです。なのに、実はロウさんがグルだったってわかって……」
「……それで?」
「……私、警備局の人は、街の皆を守るために一生懸命な人たちばかりだと思ってました。でも、そうじゃなかった…… そう思ったら、自分のやってることは警備局の人の考え方とは合わないのかなって、自分が今までやってきたことって何だったんだろうって、全部意味のない無駄なことだったのかなって、そう思って……」
「……それで、死のうとしたんだね」
ミドリは優しい口調で、残酷な真実を告げた。ミイナの瞳から静かに涙が伝った。
「……そんなこと、ないよ!」
ランが大きな声を上げた。
「警備局の人たちと合わなくても、ミイナのやってることは間違ってないよ!立派なことだよ!すごいことなんだよ!だからお願い…… 無駄だったなんて、いわないで……!」
ランが号泣しながら、ミイナにありったけの思いをぶつける。
その様子を見ながら、ミドリは再び口を開いた。
「……これは僕の考えなんだけどね?絶体絶命の危機の時に本当にものを言うのは、膨大な知識でも、卓越した技術でもない。
心の中にある強い想い。それが無ければ、技術や知識があっても絶体絶命の状況は覆せない。僕はそう思うんだよ。
君には『街の人の力になりたい』という、優しくて強い想いがある。これまでの君とのかかわりを経て、勝手だけど僕はそんな風に思ってる。その想いを、ルシエランの皆に伝えてほしい、そう思ってるんだ」
「……?」
「……?」
ミドリの言葉に、ランとミイナはそろって困惑の表情を浮かべた。
ミドリは続ける。
「……実はね、今SReDに配属された隊員の研修の準備を進めてるんだけど、現地でエネミーの駆除や周囲の安全確保にあたる特別対応班っていう班の指導役が足りてなくてね。その指導役を、ミイナ、君にお願いしたいと思ってるんだ」
「……え、私?でも私、警備局の中じゃ全然下っ端で……」
「いや、君は警備局の中で、ううん、この司令部の中で、一番純粋に、一番真剣に、熱意をもってみんなのために戦ってくれている。実戦経験も豊富だ。確かに階級だけ見れば下っ端かもしれない。だけど君は、間違いなくトップランナーになれる人間だ。能力をとっても、その人間性をとっても。
だからこそ、ただ第一線で活躍するだけじゃなくて、君のその経験を、その生きざまを、後輩たちに伝えていってほしいんだよ」
驚いたような表情を浮かべるミイナ。その顔を見たミドリは、頭を掻いてさらに続けた。
「いやね、実を言うと、君の存在を知ってからずっと、指導役に適任なのは君しかいないって思ってたんだ。でも、君は君で、安易に転属するんじゃなくて、たとえつらく苦しい道でも、警備局で限界まで頑張りたいって思ってるような気がしてね。中々打診できなかったんだよ。
だから、もしまだ君が警備局で頑張りたいというのなら、断ってもらっても構わない。まあ退院まで最短で1週間としても、正式復帰までにはもうしばらく時間はかかるだろうし、その間にゆっくり考えてみてよ」
ミドリはミイナに向かって優しく微笑んだ。
ランが涙ぐみながらミドリに言う。
「ミドリさん……ありがとう、ございます……!」
「あ、一応言っておくけど、別に彼女を救いたいから情けをかけてまで引き抜こうとしているわけじゃないからね?そんなことしても意味ないし。彼女を抜擢したのは、本当に彼女の実力を認めたから、そして彼女のその優しさがSReDに必要だと思ったからだよ。ま、聡明なランとミイナなら、その辺りはきっとわかってくれてると思うけどさ」
ミドリはいつもの調子でへらりと笑いながら言った。
そして、ミイナがまた涙を流した。今度は静かに泣いたのではない。今まで押し殺してきた感情の堰が切れたかのような、嗚咽だった。
「……ああ……うわあああああああああああん!」
それからしばらく経ち、場所はメディカルセンターの会議室。
SReD隊員の正式編成が終了し、各々の前所属での引継ぎも済み、今日からいよいよOJTが始まることとなった。
勢ぞろいした隊員たちを前に、ミドリが呟く。
「……こうしてみると、結構多いなあ、人数」
部隊トップからの思わぬ第一声に、隊員たちから笑みがこぼれる。
「……隊長、第一声がそれはどうかと……」
SReDの副隊長を務めるエリアスが、困惑した表情でミドリに言う。
「いいじゃん、堅苦しすぎるの嫌いなんだよ、僕。これくらいのユーモアがあってもいいと思うんだよ~。あ、それと『隊長』みたいに役職名だけで呼ぶの禁止ね、なんか距離感じちゃうから。せめて『ミドリ隊長』みたいに下の名前つけて。っていうか『ミドリさん』でも全然いいし、何だったら呼び捨てとかあだ名で呼んでもいいよ、『ミドリン』とか。これエリアスだけに言ってるんじゃないよ!ほかの皆もおんなじだからね!お互いを呼ぶときは下の名前かあだ名で!まあ下の名前とかがそもそも存在しないケースもあるかもだけど!」
どこぞの対怪獣対応部隊の隊長のようなことを言った後、ミドリは咳ばらいをして続ける
「さて今日からいよいよ特別救助分遣隊、SReDのOJTを開始することになった。ということでまず、各班の指導役を発表する。
まず最初は僕から。改めて、SReD隊長にさせられたミドリだ。ホントはあんまやりたくないんだけど!でも言い出しっぺだから仕方ない!で、僕は救助班の指導役の主任を務める。と言っても救助班の指導は僕をはじめとしたERのメンバーがローテで行うから、毎回指導役が変わるんだけどね。ただ僕はすべての指導内容把握してるから、もし何か困ったことがあったら遠慮なく言ってほしい。大体いつもERうろうろしてるからさ~。ERのメンバーの紹介は人数多すぎるから追々ってことで」
一旦言葉を切り、ミドリが再び口を開く。
「で、次に特別対応班の指導役なんだけど、こっちの指導役は2人。まずは、SReDの頼れる副隊長、そして特別対応班の主任指導役を務める、エリアスだ」
ミドリの紹介に、エリアスが一歩前に進み出た。
「初めまして……の方もいるかもしれません。SReDの副隊長、そして特別対応班の主任指導役を務める、エリアスです。私自身、マノンさんのような監視者という立場で早くからハルファにいたとはいえ、ここの多くの隊員と同じ、ルシエランです。なので、まだまだハルファのことについてわからないことも多いですが、一生懸命務めていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします」
エリアスのしっかりとしたあいさつに、隊員たちから拍手が上がる。
「エリアスありがとね~。そしてもう一人の指導役。ハルファのことをよく知るこの人にも、指導役をお願いすることにしたよ」
ミドリの紹介で、エリアスの横にいた人物が一歩前に進み出た。長い髪に小柄な体躯の女性。
彼女が大きく息を吸い、口を開いた。
「初めまして、本日付でSReDに着任し、特別対応班の指導役を務めることになりました…… ミイナ、レーヴェンです!」
とあるゲーム実況者さんの実況を見ていた時、そのゲームの中で、「正しいことをした人や優しい人が馬鹿を見る」というような描写がありました。それを見たのがきっかけで、「優しい人が報われる話を書きたいなあ」と思ったのがきっかけで書き始めました。
まさかこんなに長くなるとは思ってなかったですけどね……
今回は自分の書きたい内容を前面に押し出したが故、設定面はかなりの粗があると思います。そこは目をつぶってもらえれば……
ラストの結末はとても悩みました。ミイナを指導役にするというのは決めていましたが、SReDの隊員にするか、それとも警備局からの期間限定での出向にするか、悩みに悩みました。
最終的には、ミイナに幸せになってほしいという気持ちが勝り、SReDの隊員にしました。ただ正直、ミイナだったら警備局に籍を残すという選択をしそうな感じがします。果たして彼女はSReDに馴染んでいくのか、それとも警備局に戻るのか、もしもう一度彼女のことを描くんだったら、その辺は気になるところですね。
最後に、優しい人が報われる、そんな世界になることを祈って。