「よ~し、できたっ!」
わたしは完成したチョコを丁寧に包んだ。
ルシエラン向けとかドールズ向けのチョコ作りをちょっとだけお手伝いしたのがよかった……のかはわからないけど、何とか無事にチョコを作ることはできた。
「後は、ミドリさんが帰ってくるのを待つだけ……!」
わたしはダイニングテーブルに完成したチョコを置き、ウキウキ気分でミドリさんが帰ってくるのを待った。
だけど…… いつまで経っても、ミドリさんは帰ってこなかった。
いつもだったら、帰りが遅くなる時やERに泊まるときは連絡をくれる。
まだ、ひとりぼっちでいることへの「とらうま」……だったっけ?それのせいで、たまに体調が悪くなることがあるから、連絡をもらったら隣のナギサさんの家か、てへぺろさんの研究室に行って、無理をしないようにしている。
だから、連絡がないのはめずらしい…… というより、初めてかも……
「どうしたんだろう……」
わたしは心配で心配でたまらなかった。だからどこにも行かないで、いつまでもいつまでも、ミドリさんの帰りを待った。
「……あれ?」
気がついたら、窓から光が差し込んでいた。
「朝……?」
ミドリさんを待っているうちに、いつのまにか寝ちゃってたみたい……
「……あれ?」
ふとテーブルを見ると、置いておいたはずのチョコがなくなっていた。
代わりに、1枚の紙が置いてあった。これは……
「手紙?」
手紙にはこう書いてあった。
心配かけてごめん。連絡する間もないくらい忙しくてね……
まさか手作りのチョコを用意してくれるなんて思ってなかった。
とってもおいしかったよ。ありがとう。
また仕事に行くけど、今日は早く帰るから。
ゆっくり休んでね、ネーダ。
「ミドリさん……」
よかったあ…… よろこんでもらえたあ……
安心したら、また眠くなってきちゃったなあ……
わたしは優しい朝日をあびながら、またうたた寝を始めた。
ミドリさんが帰ってくるのを楽しみにしながら。
「……ふう、こんなところでしょうか。」
私は完成したチョコを丁寧に包み、とあるスイーツショップの袋に入れました。
他の皆さんにはそのスイーツショップのチョコを渡しますが、ミドリ先生には特別に、私の手作りのチョコを渡すことにしました。
ただ、それがバレてしまうのは恥ずかしいので、外側はあえて皆さんと同じものにしました。
しかし……
「……何で、手作りチョコを作ろうなんて思ったんでしょうか」
私は自分で未だに困惑していました。どうして先生にだけ手作りチョコを作ろうと思ったのか、わからなかったのです。
思えば、ミドリ先生が精巧な氷像になって運ばれてきたときも、おかしな気持ちでした。
いつもだったら「またあの人は……」と呆れるばかりなのに、あの日は。
『まったく…… 先生の、ばか……』
思わずつぶやいていた言葉。あんなこと、いつもだったら言わないのに。
まるで、恋をする女の子みたいな言い方で……
「……~~~~~~~~~~~~!?」
思わず顔がかあっと赤くなりました。まさか、そんなわけ……
「ね、寝ましょう寝ましょう!あ、明日も早いですし!」
私は首をぶんぶんと振りながら、ベッドに向かったのでした。
「てへぺろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
2月14日、バレンタインデーにERに木霊したのは、ミドリの怒りの絶叫だった。
その絶叫に、周囲の人間は誰も反応しない。
そう、誰も反応しなかったのだ。
皆、恍惚の表情を浮かべながらぼんやりとしていた。それは普段から阿鼻叫喚の戦場のような状態であるERにとって、ありえるはずのない異常事態だった。
皆、幸せそうだった。最後の砦であったラエルですら、普段の彼ならありえないような幸せそうな表情を浮かべていた。
「おい、ラエル!しっかりしろ!君まで骨抜きになったら本当にERが終わるから!正気に戻れえええええ!」
ミドリの必死の叫びも、空しく響くばかりだった。
誰も、誰一人として反応しない。……否、ミドリの他に、一人だけ平気な人物がいた。
「いや~、まさかボクのチョコでここまでみんな腰砕けになるとはね~☆ びっくりびっくり☆」
「いや君前にもメディカルで同じことやって大騒ぎになったよね!? 言ったよね二度とチョコは作るなって!よしんば作ったとしても絶対に人にはあげるなって!」
そう、ERが崩壊寸前の状況に陥っているすべての元凶は、てへぺろマッドサイエンティスト。彼女が作ったチョコにあった。
「君の作るチョコは何故か驚異的にうますぎるんだよ色んな意味で!一応確認するけど今回こそ変な薬入れたでしょ!」
「まっさか~!実験体になるのはミドリンだけって、キミが一番よく知ってるでしょ☆」
「むしろ今回ばかりは変な薬のせいであってほしかったよ……!」
てへぺろは特段お菓子作りや料理が上手というわけではない。人並みにできる程度であり、お菓子作りに関してはむしろナギサの方が数段上である。
だが何故か、本当に何故か、チョコに限っては他の追随を許さないレベルで「うまかった」。変なものや違法薬物云々を入れているわけではないにも関わらず、食べた者はみなとてつもない多幸感に包まれ、何も手につかなくなってしまうのである。
そして薬物などの外的要因が原因でない以上、時間経過でしか多幸感は薄れていかない。
その結果が、この有様であった。
「いや~、ホントにごめんごめん、てへぺろっ☆」
「てへぺろっ、じゃねえええええええええ!どーしてくれんのさ!ただでさえナギサは会議でいないっていうのに……!」
「……私がどうかしましたか?」
「いやだからナギサは会議で…… ってナギサ!? なんで!?」
慌てふためくミドリの横に、いつの間にか会議に行っていたはずのナギサがいた。
「ガレフ先生に確認したいことがあって連絡したところ、反応が無かったのでもしやと思い戻ってきたのですが…… 手遅れだったみたいですね。」
「……よ、よかったあああああああ!ワンオペは回避できたああああああああ!」
喜ぶミドリを横目に、てへぺろは恐ろしい言葉を口にした。
「……あれ?ナギサっちにもチョコあげたんだけど、平気そうだね?」
「……は?」
「だから、ナギサっちにもチョコあげたんだけど…… おいしくなかった?」
そう、てへぺろはナギサにもチョコをあげていたのである。
ということは、いずれナギサも他の者たちのように……
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ミドリが絶叫を上げる中、ナギサは冷静に返した。
「……いえ、チョコはとてもおいしかったです。ここまでチョコづくりが上手だとは思っていませんでした。ですが…… なぜ皆さんがここまで骨抜きになっているのか、理解しかねます。」
「……え、ナギサ、ホントになんともない?」
「はい、心身ともに問題はありませんよ?」
ナギサは珍しくキョトンとしながら返した。
「ナギサっち、スイーツ大好きだから舌が肥えてるんだろうねえ、むう(~_~)」
「な、別に、そんなことは……っ!」
「え、てへぺろ、なんでそんな不満そうなの?」
「よ~しっ、来年はナギサっちまで骨抜きにしちゃうくらい甘いチョコを作っちゃうゾ☆」
「いややめろ!『作っちゃうゾ☆』じゃない!もう二度と作るなあああああああああああ!」
その後、ミドリとナギサのツーオペで、何とかこの修羅場は乗り越えた、らしい。
そしててへぺろには研究費3か月分没収の刑が処されたとかなんとか。
「……あの、ミドリ先生。」
「へ?ナギサ?いきなりどうしたの?」
「こんなときに不謹慎なのは重々承知なのですが……」
「あ゛~、つ゛か゛れ゛た゛ぁ゛」
色んな意味で壮絶な一日を終え、僕はネーダの待つ家へと帰った。
「ただいまあ……」
リビングに行くと、そこには眠っているネーダの姿があった。
ダイニングテーブルの上には、丁寧に包まれたチョコ。
「……ネーダが、作ったのか……」
僕は包みを開けて、チョコを口にした。
「……ん、美味しい」
僕は手近にあったタオルケットをネーダに掛け、自分の部屋に戻った。
少ししたらまた仕事に行かなければいけない。
僕は少しでも早くネーダに感想を伝えようと、手紙を置いておくことにした。
手紙を書きながら、僕は今日のことを思い返していた。
バレンタインデーだからか、思えばチョコに振り回された日だった。
てへぺろのバイオテロもどきチョコに始まり、ラエルのチョコケーキ。まさかホールで渡されるとは思ってなかったけど……
家に帰ればネーダのチョコ。一人で作ったとは思えないほどの出来栄えで、正直驚いた。ホワイトデーにはお返しをあげないと。いや、それよりも休暇を取ったほうがいいかもしれない。寂しい思いをさせた分、ネーダと一緒にいる時間を作ってあげるのが一番だろう。
しかし、何よりも驚いたのは。
「……まさか、ナギサからチョコを貰うとはねえ」
この大騒ぎの中、ナギサがチョコを渡してきた。こちらもやはり手作りだ。
しかし、どうやら手作りのチョコを貰ったのは僕だけらしい。みんなの様子を見てただけだからはっきりとは言えないけど。
それは、つまり……
「……まさか、ねえ」
でも、もし「そういうこと」だとしたら。
僕は……どんな答えを出すだろうか。
……自分の気持ちが、わからない。
ナギサから貰ったチョコを一つ口に入れる。
それはとても甘く、しかし今の僕は、何故か苦みを強く感じた。
完成までに何か月かかってるんですか()
ということでバレンタインデーSS完成です!
当初はてへぺろのバイオテロもどきを書きたいと思って考えていたのですが、気づけばうちの子4人全員にスポットを当てて書くことになるとは。
それぞれのバレンタインデーの風景、お楽しみいただければ嬉しいです。