「ねえ、聞いた?クヴァリスの亡霊の話」
「ああーあれね。聞いた聞いた。ロストセントラルの住人の亡霊だっていうアレでしょ?」
「あたしの友達のいとこのお父さんの妹が見たんだって」
「えーほんとお?」

最近、”クヴァリスの亡霊”の噂を耳にすることが増えた。何か妙なことがないといいが。

亡霊、つまり死人で思い出すのは彼らのことだ。

   ☆

「これで全部ですよね?」
「うん☆お忙しいところサンキュ☆」
「はいはい」

セントラルシティの指令室には、それぞれの任に就くオペレーターたちの他に、派手な赤髪の青年が一人。青系統で統一されている指令室で赤色の彼は目立った。
彼からテイムズの生息域と移動周期に関する報告書のデータを受け取ったセナは、語尾に星でも付きそうなくらい陽気な礼の言葉を軽く受け流した。

「ちょっと質問☆気になってたんだけどさあ……」

セナのデスクに頬杖をつき、彼――ヒレンは言った。
ニコニコと笑顔のヒレンを見て、どうせろくでもないことだ、と一人結論付けたセナは顔をモニターに向けた。

「真面目な質問なら受け付けますけど」
「ええっ、僕が普段真面目じゃないみたいじゃないか☆」
「そう見られるのが嫌なら言動を改めてください」
「シ・ン・ラ・ツ☆もー、アークスシップにいた頃からの付き合いじゃ」
「質問はないんですね」
「あー待って待って待って!」

馬鹿みたいな言葉の応酬には付き合っていられない。
おどけた発言を遮って仕事に戻ろうとしたセナを、ヒレンは慌てた様子で引き留めた。
ヒレンは、むっとした顔で静かに見上げてくるセナににこりと笑みを返し、口を開いた。

「セナくんって昔は髪、短かったじゃない?ハルファに来たらなんか年上になってるし髪伸びてるしでワー!ってビックリしてさあ、」
「忘れないためです」

これ以上ヒレンに喋らせると長丁場になりかねないので、早々にヒレンの質問を汲み取ったセナ。
自分がしようとしていた質問を悟られたことに驚き、オーバーリアクションの構えを見せていたヒレンは、予想外の返答に押し黙った。

「あの出来事を、忘れないためです」
「セナくん、それは……」

か細い声でそう言うセナの表情は、長い前髪に隠れて見えない。
ヒレンから普段の軽薄チャラチャラな表情が失せ、悲痛な面持ちになる。その表情すらも、セナに過去を想起させる材料となってしまった。

辺り一面がダーカーの群れ。
そこかしこに散らばった負傷者たち。
動かなくなった少女を抱きかかえる赤髪の青年。
自分を庇ってダーカーの攻撃を受け、倒れ伏す浅黒い肌の彼。
半分しかない視界の中に見たものは絶望そのものだった。
助かったのは自分を含めごく僅か。

あの惨劇のトリガーを引いたのは自分だ。
それからというもの、彼と少女に綺麗だと褒められた髪を伸ばし続けることにした。嫌でも視界に入る髪が、「あの出来事を忘れるな」と現在の幸福に浮ついた意識を引き戻してくれる。

その時のことを思い出したのか、暗い表情のヒレン。そんな彼を見ていられず、セナはわざと明るい声で言った。

「あの時の誰かが生きてたらいいな……くらいの単なる願掛けみたいなものですから、ヒレンさんが気にすることはないですよ。ほら、少女漫画なんかにもあるでしょう」
「んん~セナくんてば相変わらずオ・ト・メ☆」
「早く仕事に戻ってください。私も暇じゃないんです」

セナが言外にこの話の終わりであることを告げると、ヒレンの表情も普段のそれに戻る。
いつも通りの会話が始まったことに密かに安堵しつつ、セナはヒレンを指令室から追い出した。

再び静寂が訪れた指令室。ふう、と一つため息を吐いたセナの耳に、メールの受信音が入る。
見ると、新たな任務の指令だった。
任務の割り振りは、任務の難易度や赴く場所、そしてチームのレベルに左右される。
また捕獲隊に出動要請するような難しいものではないといいが……と思いつつ、メールを開いた。

「……これは、捕獲隊案件かな」