昔から、両親は俺の憧れ――ヒーローだった。
ベテランアークスである二人はいつも任務に招集されるから、俺に構っている暇などなかった。
けれど、任務先で両親が活躍している様をモニター越しに見れば、構ってもらえない寂しさなどどこかへ飛んで行ってしまう。
自分の子である俺だけでなく、オラクル船団の人々まで守ってくれる父さんと母さん。
いつか俺も、二人のように誰かを守るヒーローになる、と誓ったのはいつだったか。
☆
13歳の誕生日を迎えた翌日。その日は珍しく、家を空けがちな両親が夕飯の席に着いていた。
「誕生日プレゼントは何がいい?いつもいい子にしているから、好きなものを遠慮なく言うのよ」
「両親のようなアークスになる」という夢を抱え続けてきた俺は、アークス養成学校に入学したいと両親に告げた。
「俺、アークスになりたい。だから、養成学校に入学させてほしい」
その瞬間、あたたかな笑みを浮かべていた両親の顔が凍り付いた。どうしたんだろう、と思う間もなく、みるみるうちに青ざめていく。
何か変なことを言っただろうか?いや、言っていない。俺はちゃんと、自分のやりたいことを言った。
「お前……何を言ったかわかっているのか?」
向かいに座る父さんが突然身を乗り出して、俺の両肩を掴んだ。……指が食い込んで痛い。
「何を言った」って……父さんの言っていることの方がわからない。俺はただ、自分の夢を告げただけなのに。
目線で母さんに助けを求めるも、信じられないようなものを見る目で俺を見るばかりで、助け船は望めなかった。
しばらく、俺も父さんも母さんも何も言わなかった。膠着状態だ。
俺はわけのわからない沈黙に耐えられず、ややあって口を開く。
「何って……アークスになりたいの。俺は、父さんと母さんみたいな立派なアークスになるんだ」
「そんな……。母さんね、オペレーターの方がいいと思うの。前々から思ってたけど、貴方は頭の回転が速いから、私たちのような現場よりもアークスを導く立場の方が……」
「そうだぞ。オペレーターはアークスよりはずっと、怪我をする心配もないんだ」
オペレーターにしなさい、と二人は口を揃えて言う。俺が何を言ってもそれしか言ってくれなかった。
「俺は、シップに住む皆を守るんだ!だから怪我なんて怖くない、死ぬのだって!」
「馬鹿を言うな!お前は任務を実際に見たことがないからそんなことが言えるんだぞ!」
「お願い、考え直して!貴方は身体が弱いんだから!」
話し合いは次第に激化し、激しい口論となった。
裏切られた気分だった。ヒーローである両親は、俺が同じ道を歩もうとすることを応援してくれると思っていたのに。
俺を思いとどまらせようとするあまり、俺を否定する言葉が両親の口から飛び出る度に、泣きたくなるほど傷ついた。
傷ついた俺は、今まで言ったことのないような罵詈雑言をたくさん両親にぶつけた。そうしたら父さんに殴られた。母さんは手で顔を覆って泣き出した。泣きたいのはこっちだ。
殴られ、しりもちをついたままの俺の前に父さんが立つ。
「お前はアークスに向いていない!!」
父さんがこれまでで一番大きな声で怒鳴った。普段は温厚な父さんがこれだけ声を荒げたことに、俺だけでなく、母さんも動きを止めた。
「……わかったよ」
俺は殴られた頬を押さえふらりと立ち上がった。わかってくれたのか、という父さんのつぶやきが聞こえた気がしたが、無視した。
「出てきゃいいんだろ、出てきゃ」
二人が息をのむのがわかった。
よろめく身体に鞭打ち、踵を返した。向かうは家の玄関。
「待って、父さんと母さんの話を聞いて!」
少し経って俺のしようとしていることがわかったらしい母さんが、必死にこちらへ呼びかけてくる。それも無視だ。
二人に背を向けたまま、俺は言った。
「俺は一人で生きていく。そして……最も強いアークスになって、お前らを見返してやるよ」
躊躇いなく玄関を飛び出し、外へ出る。その身一つで、俺は夜のシティへ走り出した。