「あ、目線こっちでお願いしまーす!」
「イイねイイね☆まるで太陽のようだ☆」
「今だけなんで恥は殺してくださーい。あと外野は静かにー」

照りつける太陽、白い砂浜、青い海。
強い日差しによって上気した頬、滴る汗。
視界の端でうるさく揺れている赤髪サングラスに、思わずうぜえと呟きが漏れた。

――――ことは2週間前に遡る。

(今日は午後からオペレートが2件……リテムとクヴァリスか。……そういえば、暁明はまたテノ嬢を無茶な場所へ連れ回していないだろうか……)

その日は、セナにとってごく普通の一日で終わる筈だった。

ミーティングを終え、午後の予定を確認しながら歩いていると、ドン、と胸元に衝撃が走った。
前方で「いたっ……」と小さな声が聞こえ、セナは端末から顔を上げた。これだから歩きながら何かするのはいけないな、と思いつつ、目の前のぶつかった相手に手を差し伸べた。

「すまない、前を見ていなかった。立てるかい?」
「あ……あー、はい。大丈夫っす。こっちも前見てなかったんで」
ぶつかったせいでずれた眼鏡を治しながら立ち上がった少女には、見覚えがあった。

ログ・オブザーヴァー。セントラルシティの広報部所属の撮影スタッフだ。
彼女はシーズナルイベントの宣伝や、アークスの任務取材などを担当しており、シティに常駐しているセナとは顔見知りの間柄だった。

ログは大きく厚い瓶底眼鏡越しでもわかるくらいに疲弊しきっており、心配になる。
以前、上司が無茶振りばかりで困る、とぼやいていたのを思い出す。

「また仕事が大変なのかい?あまり無理しないようにね」
「……や、大変じゃない日なんて無……じゃない、すんません、ありがとうございます」

心底ダルそうな声に、ああ、これは相当キてるなとセナは思った。
そこでふと思い立ち、セナは上着のポケットに手を入れた。
今は季節の影響で日差しも強く、空調の効いた室内でも暑いくらいで、通る人は皆薄着だ。上着をしっかり着こんでいるのはセナくらいのものである。
がさごそとポケットを漁るセナを、ログは訝し気に見つめていた。

「はい。これをあげるよ」

セナがポケットから取り出し、ログに差し出したものは、二つのキャンディだった。半透明の包装の中にあるそれは綺麗な赤で、味はイチゴだ。
あざっす……と少し遠慮がちに受け取ったログは、そのまま包装を解いて2つとも口へ放り込んだ。
一気に2つ食べては危ない、とセナが言うが、ログは器用に左右の頬で1つずつキャンディを舐めていた。

(あ、すぐ食べた)

セナは内心でこれはまともな食事を摂っていない……いや、そもそも口にものをしばらく入れていないな、と察した。
仕事であれ買い物あれ、人とのやり取りに対して苦手意識をもっているらしいログは、普段はセナが菓子を差し出すと、「今満腹なんで」とか、「グラースさんの分なんでいいっす」とか言って断る。
しかし今日はどうだ。受け取るや否やすぐに口に入れた彼女は、糖分不足とかそういう次元を超えている気がした。
これはいけない。仕事仕事と呻いているログには申し訳ないが、その仕事を退けてでも食事を摂らせる必要がある。セナはそう判断した。

「ログ嬢、この後時間はあるかい?」

言いながら、これは彼女に対しては無駄な問いだったと後悔する。
そんなふうに問えば、この疲れ切った少女が出す答えは決まったようなものだ。

「……や、んなもんないっすよ……。”エアリオ興し”のモデル探しで忙しいんすから」
「”エアリオ興し”?」

セナは、予想していた回答が返ってきたことよりも、”エアリオ興し”という言葉の方が気になり、おうむ返しに問うた。
すると、ログはその言葉を聞きたくないというふうに頭を振ると、ため息を吐いた。

「そうなんすよ……。マジであのボケ上司がいらないこと言……」

ログが不自然に言葉を切った。見ると、彼女はセナのすぐ後ろに視線をやっていた。
何だろう、と思い、セナも首だけ振り返った。

視界に飛び込んできたのは、一面の鮮烈な赤だった。

――――ああ、この赤は嫌な予感がする。
セナは思わず顔を顰めた。

「やあやあやあ☆お悩み事かな、ログちゃん、セナちゃん☆」

予感的中。
星が散るようなウィンクを見せつけてくる赤髪サングラスが目に入り、セナは手で目元を覆った。