「あー…。 別にこのくらいの体調不良寝てればすぐ治るのに…。」

清潔な白い部屋のベッドで横たわりながら、私は傍らで静かに本を読んでいた女性に訴えかけてみた。

「すぐ治るってアンタ…。 もう一週間も体調悪いまんまなんだからしょうがないじゃん。」

栞を挟みパタッと本を閉じ、呆れたような顔でため息混じりに反論された。
私の傍で本を読んでいた女性はキャスミ=ヴィベルイさん。私にとっては姉のような人。

「ここでしっかり休んで体調戻してさ、そしたらまた一緒に服でも見に行こ、ね?」
「うう…分かったよ。 ゆっくり休む…。そういえばキャスミさんは私につきっきりだけど、お仕事の方はいいの?」

「あー、仕事はちょうど長期の休みで暇だったから別に大丈夫。」

多分嘘、きっと休みを取ってくれたんだと思う。私が寂しくないように。
初めて会ったときは怒ってる?って思ってしまうくらいそっけない返答だったけど、不器用なだけで優しい人だと今では分かる。

「アタシちょっと飲み物買ってくるね。エルピスは何がいい?」
「あ、じゃあえーっと…紅茶! 甘すぎないやつで!」
「オーケー、分かったよー」

キャスミさんは財布を手に取って、背中越しに返事をして出ていった。

あ、なんかやだなこの感じ。静かで清潔で、こういう部屋に独りでいるとなんとなく気分がざわざわする。
病室に独りでいると色々思い出しちゃうから好きじゃないんだけどなぁ。

私は物心ついた頃からずっと病室で過ごしてきた。

飾り気のない白い部屋が私にとっての世界の全てだった。

私が病室で過ごさないといけない理由は私がある特殊体質であることが原因だった。
生まれつきどうやら周りのフォトンや生命力を勝手に吸収してしまうみたいで、フォトンの過剰吸収で自分の身体を壊し、生命力の吸収で周りの身体を壊してしまうらしい。

なので大気中のフォトンを取り除いた特別な病室、しかも周りに人が全然住んでない私専用の隔離病棟でずっと暮らしてきた。

同年代の人に会ったことがないどころか、お父さんや執事さえも直接会うことはほとんど無く、通信でほとんどやり取りをしてきた。

歳を重ねるごとに少しずつ自分の体質の力が強くなっていることが分かる。
大気中のフォトンを限りなく少なくした病室も今では隔離棟全体からフォトンを抜かないと吸収してしまうくらいになっていた。

昔はお父さんや執事のゴートがたまに会いに来てくれていたけど、数十分で顔色が悪くなっていく様を見ていると、とても会いにきてなんて言えなかった。
私が生身で接することができるのはお父さんが贈ってくれた機械生命体のパイ君くらい。私にとっての唯一の友達。
今では食料や本などを機械で輸送してもらって生活をしている。

16歳を過ぎたあたりからだろうか、朝起きて体調がいいと誰かの命を奪ってしまったんじゃないかと不安でしょうがなかった。
私の隔離病棟を維持するために、お父さんにも無理をさせてしまっている。
これ以上周りの人を不幸にしたくない。

そう考えていた17歳の春
ーーーーー私は先生に出会った。

いつも通りの白すぎる病室、窓のないその部屋で時計を見て夜であることを認識した。
あとは、電気を消して寝るだけだけど、起きて体調が良くなっていること、誰かの命を奪ってしまうことが怖かった。

どうしても寝たくなくて、寝るのが怖くて、夜遅くまで本を読んでいると不意にフォトンと生命力が身体に入ってくる感覚があった。

誰か、誰かこっちに近づいてきてる…?
お願いだから、これ以上近づかないで。
私は誰かの命を奪ってまで生きたくない。

誰かの足音が聞こえだし、もうすぐそこまで来ていることが分かる。
自分の心臓がすごい勢いで脈打っていることが分かる。
バンッと勢いよく音を立て、扉が開かれた。

そこに立っていたのはスーツ姿の髭を生やした壮年の男の人だった。

「だ、誰ですか…!? ここにいると危ないです! 早くここから少しでも遠ざかって下さい!」
生身の人と話すのは久しぶりで声が少し裏返ってしまったけど、十分伝わったと思う。

「…なぜ? 俺が退く理由がない。」
「なぜって…? あーもう!急がないといけないのに…! 私はあなたの命を吸いとってしまうんです! 自分じゃどうにもできないから離れてって言ってるの!!」
つい大声を出してしまった。ごめんなさい。

「…自分じゃどうにもできない。なぜ? それはお前の力だろう? 自分でコントロールできない道理はないはずだ。」
少し考えて男は言った。
平然とそういい放った男性にむっとして私は言い返した。

「 私だって! そりゃあ私だってこんな力止めたかったし、止まっててほしいって思わなかった日なんてないです!!」
なんでこの人は全然分かってくれないんだろう? なんかもう涙が出てきた。

「止まっててほしい…? そりゃあ止められねぇさ。 止まっててほしいじゃねぇんだ。 お前が絶対に止めるって思えば止まるんだよ。」
「…はい? そんな根性論みたいな話で止められる訳ないじゃないですか! お医者さんだってできなかったのに…!」

「なんだ? じゃあやらずにそのまま諦めるのか? 少しでも可能性があるならやってみようとは思わないのかよおい!!」
「………ッ!」
なんで私は突然部屋に入ってきた知らないおじさんに怒られているのだろう。
…でも、一理くらいあるかな。変わる可能性が1%に満たなくても、わずかにでも可能性があるなら手を伸ばしてみるべきかもしれない。
やってみるだけやってみよう。

「…分かりました。絶対に止めるって気持ちでやってみればいいんですよね?」
「おー、それでいいんだ。 じゃあいっぺんやってみろ?」

息を深く吸って、息を止めながらこれまでの人生のことを振り返ってみた。
顔も思い出せないけど、お母さんが優しく手を握ってくれた感触。
病室に会いに来てくれたお父さんが私の病室で倒れてしまったこと。
色々な外の話をしてくれる執事のゴートも私に会いに来た次の日に過労で倒れてしまったこと。
これまで色々な人たちに迷惑をかけて、辛い思いをさせちゃったな。

私の体質がなければこんなことにはならなかったのに。

お父さんがお母さんの話をするとき、いつも優しい目をして話していた。
お父さんから、お母さんとは私がとても小さいときに離婚したと聞いたことがある。
離婚の理由は教えてくれなかったけど、お母さんの話をしているときの目や声で分かる。お父さんは今でもお母さんのことが好きだし、きっと私が原因で離婚してしまったのだと。

こんな体質さえなければ、こんな体質さえなければお父さんとお母さんは離ればなれにならなくて済んだのに、こんなにボロボロになるまで働かなくて済んだのに。
フォトンの吸収も生命力の吸収も絶対に止めてやる…!

そう思うと僅かにおじさんから流れ込んでくるフォトンや生命力の力が弱まった気がした。

「お…? おおー、やっぱやればできるじゃねぇか…!!」
「はい…! はい…!!」
私の中で、吸収体質が自分の力であることが自覚できた。
このときにはもう吸収を止められる予感があった。

それから数分後、フォトンの吸収も、生命力の吸収も、私を苦しめていたものは嘘だったかのように止まっていた。

「…っとと。 いくら体力自慢とはいえ吸われ過ぎちまったかな。 じゃーな、嬢ちゃん達者でな。」
「ちょっ…!? 待ってください! 私…、私まだあなたに何も返せてません!!」

すぐに追いかけたがその男性の姿はどこにも見当たらなかった。

それから一年かけてフォトンの吸収過多でボロボロになった内臓を修復し、そこから私は恩人であるその人を探す旅に出た。

旅には執事のゴートもついてきてくれた。
文字通り箱入りだった私にとって外の世界は知らないことが多すぎて、きっとゴートがいなければどこかで倒れていたことだろう。

旅を始めて一年と少し経った頃、情報は相変わらず掴めなかったけど、私はそれでも見つかるまで旅を続けようと思っていた。

ゴートが船団移動の諸手続きで私から離れている間に、私は恩人の情報を知るという男性二人組に会った。
やっと掴んだ、これであの人に会える、そう思って二人組についていくと人気のない路地まで連れて行かれた。
話を聞いている感じどうやら騙されたみたいだった。
そこで乱暴なことをされそうになったときに助けてくれたのがキャスミさんだった。

そのキャスミさんがあの人のバディ(仕事の相棒)だったらしく19歳の頃、無事に恩人に再開し、どういうわけか弟子にしてもらった。

少しずつ足音が大きくなる。キャスミさんが戻ってきてくれたんだ。
でも、足音が少し多いような…? もしかして…二人いる?
扉の前で足音は止まり、ノックの後、静かに扉が開いた。

「エルピス、そこで会ったんだけど、あんたの大好きなお師匠様が来てるよ。」
そう言って飲み物の入った袋をぶら下げながら、キャスミさんと長身の男性が入ってきた。

「先生…!! いつからいらしてたんですか!?」
「ついさっき…だな。 で、どうだ調子は?」
「それが…調子が中々回復しなくて…」
それを聞いた瞬間先生の片側の眉がつり上がった。あ、やば。

「エルピスよ、調子が中々回復しなくて? 回復させるっていう気持ちがあれば回復するんだよ。」
「ちょっと、またアンタそうやって無茶苦茶なこと言う…!」
先生の私への指導に対して、キャスミさんが間に入ってくれた。

「あ、キャスミさん、大丈夫です。 実際一週間も治らなかったのは気持ちの問題もあったと思います。」
「まあ…エルピスがそう言うなら、アタシは別に…どっちでもいいけど。」
ありがとうキャスミさん。でも大丈夫だから。

「エルピス、明日までに調子を戻しておけ。 折角こっちに寄ったんだ。 稽古をつけてやる。」
「……!! はい!!」
久しぶりに先生に稽古をつけてもらえる。
嬉しくて、顔が緩んでしまう。

「では、明日に備えて体を治すので私はお休みしますね!」
少しでも多く身体を休めないと。布団をかぶり私は目を瞑った。

「素直だねアンタは…;」
「エルピスが明日までに治すと言ったんだ。治してくるさ。 こいつはそう言うやつなんだ。 行くぞ、キャスミ。」
落ちていく意識の中、二人の恩人が扉から出ていくところを薄目で見送った。

目が覚めると、朝の柔らかい日差しがちょうど差し込んできたところだった。
身体の調子は…悪くない。 むしろすごくいい気がする。
やっぱり先生の言うことは間違ってなかったんだ。

「朝起きて、体調がいい日がこんなに嬉しい日がくるなんて思わなかったなぁ。」

よし、今日からまたみんなの助けになれるように、みんなを幸せにできるように頑張ろう。
私ならできる。 _だって私が、そう思うのだから。










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(深夜テンションとお酒の力で無理やり書き上げました。たぶん後からちょこちょこ修正します)