「……じゃあ、行ってくる」
救出ミッションを成功させ、ラッピー捕獲隊のメンバーがセントラルシティで思い思いに話をする中、ミドリはメディカルのER(救命救急センター)に向かった。
ERに戻ると、すでに彼の仲間たちは診療体制を整えていた。
「ただいま、今戻ったよ」
仲間たちが次々と「おかえりなさい」と声をかけてくる。ミドリは笑顔で応じるが、その瞳は笑っていなかった。
事務室に戻り、いつもの診察着 兼 戦闘服に着替えながら、ミドリは静かにつぶやいた。
「……さあ、ここからは、ドクターの仕事だ。」
クヴァリスリージョン・ラトヴァ山にてリューカーデバイスが故障。通信やテレポートが不能となった。
同じタイミングで、アークスを養成する幼年学校の一団が、雪山登山講習中に遭難した。遭難者の中には、ラッピー捕獲隊のメンバーである「スパー・レミントン」も含まれていた。
レミントン家のナビゲーター、「ジークフリード」からの依頼を受けたラッピー捕獲隊は、ラトヴァ山のリューカーデバイスを修理するとともに、スパーをはじめとする遭難者を救出した。
これは、雪山救出作戦のその後を、ある医師の視点から記録したものである。
「お待たせ、早速だけど今の状況を共有しておくよ。と言っても、ほとんどさっき連絡したとおりの内容だけどね」
着替え終わったミドリは、仲間が待機している受付に向かい、状況を説明した。
「ラトヴァ山にて、幼年学校の一団が遭難。一団は児童8名、引率1名。うち1名、スパー・レミントン、11歳は捕獲隊の方で様子を見てもらってる。
残る8名は山小屋に避難していたとのことだが、リューカー復旧後すぐにセントラルシティにワープしたため、容体は不明だ」
「なるほどねえ、で、お前の見立ては?」
中堅医師の一人、エリクがミドリに問いかける。
「……恐らくだけど、彼らは来ないと思う」
「ほう?」
「スパーいわく、他のメンバーは山小屋に避難していたそうだ。であれば、ある程度の寒さは耐えられているはず。来てもせいぜい栄養失調ってとこだろう」
「では、なぜコード・ブルーを解除しないんですか?」
看護師のマヌーが訊ねる。
「捜索中に、仲間が服の切れ端を見つけたんだ。だいぶ古びていたから、今回の件の前のものだろうけど。そこから想定される事態は?」
「……まさか、他にも遭難者が?」
「その通り。クヴァリスリージョンは元々雪が降るのが当たり前。であれば雪山登山を楽しむ層も一定数はいると考えられる。そして今回はリューカーが故障するという異常事態だ」
「なるほど、いつもの調子でアタックして、遭難に巻き込まれた人が他にもいる可能性があるってことか」
「ああ。軽症者はクヴァリスキャンプの救護班が診てくれるだろうし、ウタウがメソッドを動かしてくれてるから、ある程度はそっちで捌いてくれるだろうけど……」
「かわりにこっちに来るのは、マジモンの重症患者ってことか……」
エリクがゲンナリした顔で言うと同時に、受付の通信機がけたたましく鳴り響いた。
「ってそんな話をしてたら本当に来たかな? ……こちらセントラルER、患者情報をどうぞ?」
近くにいたミドリが通信機を取って応じる。
「こちらクヴァリス救護班!重症患者3名の受け入れは可能ですか!?」
「3名か…… 容体は?」
「2人は成人済で、骨折や複数個所の出血等の外傷症状、もう1名は未成年、救出直後に心肺停止でしたが現在は呼吸あり、ただ低体温状態で意識不明の重体です!」
「了解、意識不明が1人だったら何とかなるかな…… 全員受ける。もしだったら僕が手空いてるから、こちらから向かおうか?」
「いえ、外傷の2名はテレポート可能なので!ただ意識不明の患者はテレポートに身体が耐えられない可能性があるので、搬送に時間がかかります!見込み約10分!」
「10分か…… 呼吸があるなら何とかなるか、了解、受け入れ態勢を整えておく」
「ありがとうございます、お願いします!」
通信を切ると同時に、ミドリは指示を出す。
「先に外傷2名を初療室に。比較的軽症な方は初療1番に入れるように。意識不明の患者が来たらほかの部屋に移して、代わって意識不明の患者を初療1番に入れる。
マヌー、外科からスタッフを2人呼んできて、エリクは2名の患者の初期対応をして外科に引き継いでくれ」
「了解しました。」
「了解!」
2人が応じる。
「もう1人、意識不明の患者は僕が引き受けるよ。誰か温めた生食の点滴、それから温めた毛布とマットレスを用意して。到着したら最優先で体温を上げる!」
「ロナルド、男性、14歳、雪山登山中に遭難に巻き込まれました!低体温で意識不明状態、搬送中に再び心停止しました!2度目の心停止から5分経過!電気ショックを2度試みましたが回復しません!」
搬送してきた隊員が大声で叫ぶ。
「了解!挿管と除細動の準備!初療1番へ運ぶ!」
ミドリが指示を出しながら、隊員に代わって心臓マッサージを引き継ぐ。
「ロナルド、頑張れ、死ぬなよ…… 除細動の用意は?」
「できました!」
「150にチャージ!全員下がって!」
全員が離れたことを確認し、ミドリが除細動器のスイッチを押した。
ロナルドの身体が勢いよく跳ねる。しかし心臓は止まったままのようだ。
「200にチャージ、リバーサーサインを最大まで投与!」
ミドリは心臓マッサージを続けながら指示を出す。その後再度除細動が行われたが、心拍は回復しない。そこに患者の引継ぎをしたエリクも戻ってきた。
「ミドリ、そっちは?」
「低体温で心肺停止だ。搬送中とここで合計4回ショックをしたけど心拍が戻らない!」
「ミドリ、俺が替わる、お前は治療方針の指示を」
「ありがたい、300にチャージ!」
エリクに心臓マッサージを替わってもらい、ミドリは除細動器の準備をする。
「チャージ完了!」
「全員下がって!」
全員が離れたのを確認し、除細動器のスイッチを押す。
皆の思いが通じたのか、ロナルドの心拍が戻った。
「脈が出ました!」
「よし、いける……血算、電解質、血液ガス。深部温度は?」
ミドリが矢継ぎ早に指示を出す。
「深部温度28度!」
マヌーの返答を聞いたミドリとエリクは唖然とした。
「うっわー……」
「とんでもなく低いじゃねえか、クソっ!」
「まずは体温を上げないと。加熱した生食を点滴、レスタサインを急速投与」
ミドリは気を取り直して指示を出す。
賢明な治療が行われて、数分が経った。ミドリがマヌーに尋ねる。
「体温は?」
「30度です!」
「相変わらずか……」
「……どうする、ミドリ?別の手を打たねえと、患者死ぬぞ?」
エリクが荒っぽい口調で問う。
「そうだな、今のまま続けても回復はしない。バイパスマシンで血液を直接温める。心臓外科にバイパスマシンの用意と、担当医を大至急初療1番に来させるよう伝えて」
「ここでやるのか?」
「処置室が空くのを待ってる時間はない、ここでやる!」
ミドリはバイパスマシンに繋ぐ準備を始める。が、エリクがそれを止めた。
「エリク?」
「後は俺たちに任せて、少し休め。治療方針さえ決まれば、手技は外科医で何とかできる。雪山から直行して出ずっぱりだろ?このままじゃぶっ倒れちまうぞ」
エリクがミドリから道具を引き取り、準備を続ける。
「……わかった。後は任せる。家族が来たら連絡をくれ、僕が説明するよ」
「ああ、任せろ」
ミドリは着ていたガウンを脱ぐと、受付に向かった。
受付に行くと、軽症患者があふれかえっていた。
ミドリは受付担当のガレフに尋ねる。
「ガレフ、この騒ぎは一体?」
「ああ先生、雪山遭難の軽症者が次々と運ばれてるんですよ……」
「ありゃあ、軽症者もこっちに流れてきたか……」
「でも、先生は休んでください。こっちに戻ってきたってことは、向こうがひと段落済んだんでしょ?」
「……いや、そうも言ってられないよ。コーヒー飲んだら仕事に戻る」
ミドリは受付にこっそり忍ばせておいたボトルコーヒーを一気飲みする。そして再び患者の治療へと向かった。
軽症者はどれもケガをした人ばかりで、ひどくてもせいぜい傷跡を縫合する程度で済んだ。
5~6人の治療を終えたミドリは、再び初療1番に向かった。
初療1番にはエリクがいた。バイパスマシンに繋ぎ終え、今は経過観察をしている様子だった。
「……無事に繋げたんだな。」
「当たり前だろ?腕のいい俺と心臓外科医がオペしたんだ。失敗するわけないだろ」
エリクが得意げに言う。
「はは、そうだったね…… 代わるよ」
「いいのか?休憩は?」
「コーヒー飲んだよ?」
「それだけじゃ休憩とは言えないんだが?」
「まあまあ、真面目に僕は大丈夫だから。それに……彼は僕の患者だ」
「……そうだったな。でも無理はするなよ?」
エリクはそう言ってミドリの肩を叩くと、初療1号を後にした。
ミドリは近くにあった椅子に腰かけ、彼のカルテを書き始めた。バイパスマシンに繋いだことで、ロナルドの体調は安定しつつあった。このチャンスを逃すと、いつカルテを書く時間が取れるかわからない。
患者の様子を見つつ、カルテを書きつつ。ミドリはこの日常茶飯事の状態にすっかり慣れ切っていた。
カルテ書きがひと段落し、ミドリは本格的に経過観察の態勢に入った。
「……深部体温は?」
「34度です」
「……いいね、上がってきた」
バイパスマシンの効果で、温かい血液が循環するようになったおかげで、ロナルドは低体温症から脱しつつあった。
ミドリが笑みを浮かべると、部屋の入り口が開かれ、マヌーが声をかけてきた。
「ミドリ先生、ロナルド君の保護者の方がいらっしゃいました」
「ちょうどよかった。入れてくれ」
ミドリが応じると、マヌーとともにロナルドの両親が入ってきた。父親が口を開く
「息子を治療してくれた先生ですか?」
「はい。ERドクターのミドリです」
「息子の……容体は?」
「雪山で遭難したのは、ご存じで?」
「ええ……」
「ロナルド君は低体温の状態でERに搬送されました。救出時と搬送中に2度心肺停止の状態になりましたが、どちらも電気ショックで回復しました。ただ、低体温の症状がひどく、現在はバイパスマシンという装置に繋いでいます。バイパスマシンで血液を温め、その血液を循環させている状態です。」
「息子は……息子は助かるんですかっ!」
父親が叫ぶ。大切な息子の一大事なのだから、無理もない。
ミドリは動じずに伝える。
「バイパスマシンのおかげで、体温は上がってきているので、回復する可能性は十分あるでしょう。ただ、今のところはこれ以上の治療方法はありません。バイパスマシンの効果、そしてロナルド君の生きたいと思う気持ち……今はそれを信じましょう」
ミドリの話を聞いていた母親が、嗚咽をこぼす。父親はそれを見て母親をなだめる。
それを見ていたミドリが、両親に提案した。
「……今は状態が安定しているので、息子さんに声をかけても大丈夫ですが…… いかがされますか?」
両親は静かにうなずくと、ロナルドのもとへ向かう。
「……ロナルド?聞こえる?お母さんよ……?」
「お父さんも一緒だ……」
「ロナルド……お願い……目を開けて……!」
そこからは2人とも言葉にならないようだった。2人の嗚咽が響く。
とその時だった。ロナルドの目が、ぴくり、と動いたのを、2人は確かに見た。
「……先生!」
その声を聞き、ミドリがロナルドの近くに寄る。
ミドリが静かにロナルドの肩を叩くと、また、ぴくりと目が動き、そして……
――ロナルドが、ゆっくりと目を開けた。
「「……ロナルド……!」」
また2人の嗚咽が響いた。しかし今度は喜びの嗚咽であった。
ミドリはロナルドに声をかける。
「よく頑張ったなあ…… ここまでこれたんだから、きっとよくなるよ」
ミドリの言葉を受け、ロナルドがこくりとうなずいた。
数時間後。
ミドリはようやく今日の勤務を終え、受付で交代の医師に引き継ぎをしていた。
「……初療1号の患者は意識が回復したから、じきにICUに移せるだろう。重症患者が来なければ、僕が来るまでは初療1番に置いておいてくれ」
「わかりました!」
「じゃあ僕は帰るからね~、お疲れ様~」
ミドリは入口へと向かう。すると後ろからポンと肩を叩かれた。
振り向くと、そこにはエリクがいた。
「何だ、エリクか…… 君もオフだっけ?」
「そうだよ。というかお前がオフの時間先延ばししたんだろ?雪山の件があったから」
「あ~そうだったねえ……」
ミドリは手をひらひら振りながら笑う。
エリクが続ける。
「……お前、またヒーローになったな。雪山の遭難を解決して、患者も救って」
「……いや、僕はヒーローなんかじゃないよ。遭難を解決できたのは捕獲隊の協力があったからだし、患者だって、君をはじめ、みんなの力があってこそだ。僕だけを持ち上げるのはお門違いだよ」
「言うと思ったよ、ったく。ま、それがお前らしいっちゃらしいんだけどな。でもたまには自慢してもいいんだぜ?」
「いやだ。調子乗ったら絶対痛い目見るもん~」
ミドリはヘラリと笑った。その瞳もまた、笑っていた。
「じゃ~お休み、また明日!」
「おう、また明日だ」
お互いに声をかけ、2人はそれぞれの家路についた。
セントラルERに運ばれた重症患者3名は、いずれも治療の甲斐あって無事に回復した。
そしてまた、新しい患者が運ばれてくる。
ミドリの戦いは、終わらない。
何年振りかに小説を書きました…… やっぱ医療系小説は難しい…… めちゃくちゃグダグダになりましたが元々が自己満のための小説なのでヨシッ!
治療シーンについては、海外ドラマ「ER 緊急救命室」シーズン2 第7話「地獄からの救出」を参考にさせていただきました。この回めちゃくちゃ有名らしいです。気になった方はネット配信もしていますので是非。