天道家の最後

鬼の天道
幻の久々利
影の闇縫

かつて「深淵」を構成したこの三家は古来より
それぞれの力を持って裏の世界の仕事を牛耳ってきた。

鬼のような力を持ち、圧倒的な破壊力を見せつけた天道
幻術を用いて、時には幻を、時には呪いをかける久々利
影のように忍び込み、対象のみを殺す闇縫

その中でも最も才能を頼みにしていたのが天道家だった。
天道家の一族は、自らの意思で一時的にその力を強大化させる「鬼人」という能力があった。
すべてを破壊する強大な力と引き替えに心の内にある破壊衝動まで呼び覚ます。

その性質から分家を多く作った闇縫家、一族の者でなくとも見込みがあれば幻術を教え一族に組み込んだ久々利家とは違い、
血統のみが天道家を繋ぎ、そしてその血を薄めないようにと一子相伝のように受け継がれ、伝承されていった。

それが後に、天道家の破滅を呼ぶ。
天道家の嫡子が病気で死に家督争いが起きた際、他の暗殺者が天道家を滅ぼそうと攻め込んできたのである。

この時の首謀者は誰なのか、今でも定かではない。
分かることは自分たちの力を衰えさせないように、
自らの血を濃くすることだけ考えた天道家によそに頼る者はなく、
そして一族の中で争い疲弊していた天道家にこれを打ち返す力はなかったということである。

一族の里が焼き払われ、本家が崩れ落ちる。里の者は皆殺される中、間を縫って逃げ出す者がいた。
彼女は、本家に仕える住み込みの使用人であり、彼女の胸には赤ん坊が抱かれていた。

赤ん坊は本家の血を引く子で、父は既に他界、母も彼女を生むと同時に逝った。
両親が死んだことにより家督争いには入り込めず故に一族の者もこの赤ん坊にあまり注意を払っておらず、
まして里の外の人間にとってはいないも同然だった。それが幸いしたのである。
既に本家の人間のみ知る歴史は燃え盛る家と共に闇の中へ消えた。

残るは彼女の知りうる歴史のみ。彼女は逃げた。天道の歴史を終わらせぬ為に。
しかし、これに気付いた追っ手は徐々に迫る。天道家を滅ぼすために。

遂に追い詰められた使用人。眼下には流れの速い川。
幸い追っ手が来るまでにはすこしの猶予がある。彼女は一縷の望みを託して赤ん坊を沈まぬよう、くるんだ布に空気を入れて川へ放つ。

今、こうなったのも多くの人を悲しませてきた天道家に天罰が下ったのだと使用人は思っていたが、それでもせめてこの赤ん坊だけは助けたかった。

やがて追い付いた追っ手は、そこに使用人の亡骸を見つける。
何も語らないのを最後の抵抗として自害したのである。

こうして、深淵を生み出した御三家のひとつであり、強大な力を持った天道の数百年の歴史は静かに幕を閉じたのだった。

天道家の歴史はここで終わったが、この赤ん坊の人生はここから始まる。
奇跡的にも川の流れにより沈むことも、誰にも見つかることもなく、赤ん坊は緩やかな流れの下流までたどり着いた。

「あら、何か流れてきますね」
「おや?まったく川にゴミを捨てるなとあれほど・・・」
ある夫婦がその赤ん坊を見つける。天道家が滅んだことどころか裏の世界も知らない、ごく普通の農民。

「あ・・・あなた!あれ、赤ん坊じゃありませんか!?」
「ほ、本当だ!大変だ、助けにいかねえと!」
助け出された赤ん坊は、子供のいなかったこの夫婦により育てられることとなった。
すくすくと成長した赤ん坊は、やがて美しい女性となり、村の名家に嫁ぐこととなる。

その家で子宝にも恵まれた彼女は、やがて老い、自分が天道家の末裔であることを知らぬまま多くの家族に囲まれて天寿をまっとうした。

その彼女の子ども達もまた、天道家の血を受け継いでいることなど本人達ですら知らぬまま
ごく普通の人生を送り続けた。

そうして何代も経た後、彼女の子孫の一人が、ある家へ嫁ぐこととなる。
その家は奇しくも天道家と並んで御三家と称された闇縫家、本家であった。

本家の跡取りである照藏の元へ嫁いだ彼女はやがて3人の子供を生む。

その子供達を上から順に、霞、光一、雪子と名付けたのであった。