文書の過去の版を表示しています。
外壁はひび割れ、床は苔むしており、廃墟と呼んで差支えない場所。そこに簡素な墓が数百と並んでいる。
その中をゴトーは歩き、墓の一つ一つに挨拶をしていく。
「…ここに来るのももう何度目でしょうね」
墓の半分に挨拶を終えたところで、ゴトーがつぶやく。
自身が「契約」を交わしてから、欠かさずに繰り返してきたこの行為。
見る人によっては墓参りにも見えるだろう。
残りの墓にも挨拶を告げていく。時々、墓の主との思い出らしきものも話しながら。
「僕はまだそちらに行くことは叶わないようです。ですから、もう少し待っていてくださいね」
全ての墓に挨拶を済ませたところで、ゴトーは気付く。
自分以外の誰かがここにいる。
本来ならばありえない事だとゴトーは知っている。ここに来られる人物は自分以外、皆この墓の下に埋まっているのだから。
「…。姿を見せたらどうです?」
誰かに向けて声を投げかける。
「…あら、ばれてたのね。どうも初めましてねぇ」
物陰から出てきたのはクロイだった。しかしゴトーは彼女の事を知らない。
「…どちら様でしょうか?そもそもここへどうやって…」
そこまで問いかけたところで、ゴトーは察する。彼女は人間ではない、と。
「…いや、聞くのも野暮か。ここにいるという事は」
人間ではなく、ここに来ることのできる存在。それはゴトー自身が一番よく知っている。
「へぇ、まさか?アナタも」
どうやら、彼女も同じ考えにたどり着いたようだ。
「「番号(ナンバー)持ち」」
答えが揃うと同時に、510はステッキをクロイに突き刺した。
「ちょ、うっそでしょ!?一張羅に傷ついたらどうしてくれるのよ!」
彼女はそれをかわし、510へ向けて悪態をつく。
「土に還れば同じものだ。心配する必要はない」
「何言ってんのアンタ、正気!?」
再びステッキを構え、961を殺そうとする510と、それを紙一重で避けていく961。
「正気でこの罪が贖えるとでも?」
961の問いに答える510。普段からは考えられない程にその言動は冷徹だった。
「ハァ!?罪?番号以外にフダまで下げてんのアンタ?」
まるで分からないと言わんばかりに彼女は言葉を続ける。
「…本当に番号持ちか?番号は?」
510が攻撃の手を止め、961に問いかける。
彼女は同族にしてはあまりに事情を知らなすぎる。番号持ちを騙る偽物かとは疑ったからだ。
「あったり前でしょ、961よ。二度は言わないわよ」
彼女はすんなりと自らの番号を口にした。
「961…だと?700番台より後ろが存在していたとでも…?」
510はその番号が示す事実が信じられなかった。
彼女の番号が本当ならば、「あの事件」後も実験が続いていたことになる。彼女が事情を知らないのも合点はいく。だが……
「そういうアンタこそ番号言いなさいよ」
考え込む510に、しびれを切らした961が問いかけてくる。
「…510」
渋々、510も自らの番号を告げる。
「ええ…?500番台?マジで?安定化したのは800番台以降じゃ…」
今度は961の方がが信じられないといった表情で黙り込んでしまった。
「…どういうことだ?」
「そりゃこっちの台詞よ。どうなってんの一体?」
「「…」」
互いの情報が食い違い、困惑する二人。最終的に沈黙する他なくなってしまった。
「…これで満足?アタシ帰るわよ」
先に沈黙を破ったのは961だった。もう帰りたいといった様子で、疲れも見える。
「…ええ、ご迷惑おかけしましたね」
ゴトーは謝罪した。あのまま続けていれば、事の重大さに気付かないままだった。
「ホントよもう…今度何かおごりなさいよぉ?」
クロイはそう言って去って行った。
「…えぇ、店の菓子でも用意しますね」
ゴトーは彼女にそう返事をした。
聞こえたかはわからないが、今はそれよりも確認しなくてはいけない大事なことがある。
ゴトーは故郷を後にした。