オペレーターの受難・3

思ってもみない形で養成学校へ入学したものだ。与えられた寮の自室で、支給された制服を着ながらも俺はまだ夢見心地だった。
薄暗い街で、アークス養成学校の教導官であるダン・フラムに拾われてからもう2年が経つ。

養成学校入学試験に向けてダンの指導を受け、15歳にしてやっとアークス研修生となった。
試験に受かるまでの2年間は、座学、座学、座学、実技、座学、実技、座学、座学……と圧倒的に座学が多かった。俺は実技をやりたいのに。

俺の両親については、流石に黙っていてはまずいと考えたのか、ダンが事情を説明しに俺の家まで行ったらしい。
13歳で家を出たっきり2年も行方知れずだった俺が生きていたことに安堵した両親は、俺の身柄をダンへ預けることに決めたようだった。自分たちのところにいても俺が変わることはないと思ったのだろう。

そんなこんなで2年を過ごし、試験に合格することはできた。
しかし、俺としては座学が高得点で実技が合格ラインギリギリだったのが納得いかない。……ダンが座学ばっかやるからだ。

今日は同期との顔合わせだが、正直乗り気じゃない。
だって、俺は誰よりも強いアークスになれれば問題はなかったんだ。だから同期なんて、仲間なんて必要ない。
 
顔合わせめんどくせーから休む。そうやって朝一番にダンに伝えたのだが。

「顔合わせには行きなさい。その後はすぐに寮へ戻っていいから」

「けどさ、ダン」

「フラム教官と呼びなさい。もう君はアークス研修生なのだから。いいかいセナ。これまで、一人きりで強くなった者はいないんだ。君は顔合わせに行く義務がある」

結局休むことは許されず、俺は渋々養成学校へ向かった。

   ☆

顔合わせの会場となる養成学校のロビーは、今期の試験を突破した研修生たちで溢れかえっていた。
真新しい制服を着てはしゃぐ奴らばかりでうるさくて、一刻も早く抜け出したい。

早くも同期たちの中では”お友達作り”が始まっているらしく、あちこちで自己紹介する声が聞こえた。
誰とも関わりたくなかったので、俺は目立たないようにロビーの隅にいたのだが、その中の一人が声を掛けてきた。
 
「はじめまして!うちはユリ」

「うぜえあっち行け」

早口で相手――ユリなんとかの自己紹介を遮る。すると、そんな対応をされると思っていなかったのか、そいつは目を真ん丸にしていた。

「えっ、なんかうざいこと言ったかな?うちってうざい?」

「うぜえ」

馬鹿なのか鈍感なのか、聞き返してきた。俺にはまともに会話する気がないから、ただただうぜえとだけ返す。
 
「ええー……うちうざいのか……」

「自己紹介しただけでうざいということはないだろう」

そこで突如横槍が入ってきた。それによって会話を終わらせてくれればいいのだが、この優等生然とした声色、面倒なことになりそうな気がする。

振り返ると、そこには研修生の少年が立っていた。色素の薄い髪に浅黒い肌のそいつは、ユリなんとかを庇うように前へ出てきた。

「彼女はただ君と親睦を深めようとしただけだ。邪険に扱うなんて酷いぞ。私たちはこれから共に戦う仲間だ。君もそのつもりで今日来たのだろう?」

「仲間仲間って……うぜえ。俺は誰ともつるむ気はねえよ、放っておいてくれ」

「つるむんじゃない、協力するんだ。一人ではいつまで経っても強くなれないぞ。アークスの強さはチームワークあってこそだと私は思っている」

こいつまでダン……いや、フラム教官と同じことを言いやがる。

「そうそう!それうちも言いたかった!あ、うちはユリ」

「お前は黙れ」

「うー」

話を振り出しに戻そうとするユリなんとかはとりあえず黙らせる。
勝手につっかかってきて自分の主張を振りかざす、勝手な野郎だと思った。自己紹介がしたいだけのユリなんとかはともかく。
 
「君だって今まで一人で生きてきたわけではないだろう?ここまで来られたのも、ご両親や周りの力があってこそだ」

「……!知ったような口をきくんじゃねえ!」

お前に何がわかる。
ここまで来られたのが両親の力?ふざけるな、俺の夢を、可能性を否定した奴らの力など借りていない。

思わず、そいつの胸倉を掴んで拳を振り上げる。俺よりも少し背が高いせいか、掴まれてもさして苦しくなさそうなのが地味に腹立つ。

「殴りたければ殴ればいい。私は意見を曲げるつもりはない」

涼しい顔で俺を見下ろしてくる。そんな態度は怒りが頂点に達した俺にとっては煽りにしか見えなかった。
 
「コイツ……!」
 
「今から最高教導官のお話があります、全員整列――」

拳がそいつの顔面に届く寸前、ロビー全体に整列のアナウンスが入った。
俺は舌打ちをして拳を下ろし、乱暴に手を離す。

雑談をしていた同期たちは、ぞろぞろと自分の配置に戻っていく。
俺も戻ろうと踵を返すが、「あ、待て」と呼び止められて振り返る。

「……んだよ。まだなんかあんのか」

「私はアズライル。よろしく頼む」

「あ、うちはユ」

「俺に関わってくんな」

それだけ言い残して俺はそいつらから離れた。
 
こんな奴らと仲間?ふざけるな、俺は一人で強くなるんだ。

   ☆

顔合わせ後。
アズライルと自己紹介をしそこねた少女は、端末越しに会話していた。
 
「うー……自己紹介できんかった……うちやっぱうざいのかな?」

「そんなことはないさ。聞いていて思ったが……「うぜえ」が彼の口癖らしいな。気にすることはないよ」

「そか、ならよかった!明日もあの子いるかな?」

「ああ、多分いるだろう。まずは一緒に昼食をとるところから始めてみるか」

セナの態度の悪さをものともせず、二人は昼食の時間に彼に奇襲をかけることを画策していたのだった。