あの”セナくんが笑った記念”の日から、アズライルとユリティアは昼メシ以外の時でも俺に絡んでくるようになった。
座学で座る席は俺を挟んで二人が座り、実技の時もなるべく俺の傍に陣取っていた。
俺もそれにすっかり慣れてしまったようで、二人といると自然と笑うようになっていたらしい。
最近沢山笑うな、とアズライルに指摘されても不思議と悪い気はしなかったので、「そうか?」と笑った。
☆
研修生としての2年間はあっという間に過ぎて行った。
アズライル、ユリティア、俺。振り返れば三人でいた記憶しかないくらいには、俺たちは一緒だった。
仲間がいれば、俺は最大限に力を発揮できるんだ。今なら、仲間が大事だと言っていたダンの教えも理解できる。
アークスの認定試験は無事に三人とも合格した(俺の実技がまたも危ない点だったのは納得いかなかったが)。
俺とアズライルは同じ隊に配属され、ユリティアは環境調査官になるために環境保全部へ行った。
任務は、アズライルといれば怖いものなしだった。だから誰もやりたがらないような、危険な任務に率先して赴いた。
今日もカウンターで任務を受注し、キャンプシップへ乗り込もうとした俺とアズライルの前に、何者かが立ち塞がった。
「任務をキャンセルしろ。これ以上危険を冒すな」
険しい顔で立ち塞がったのは、俺たちと同じ部隊に所属するアークスだった。
そいつはいつも俺とアズライルが任務に行くのを邪魔してくる、厄介なヤツ。
「お前の実力じゃこの任務は無理だ。他のアークスに回せよ」
「あ?俺とアズライルならこんな任務楽勝だろ。文句あんのか?」
「その過信がアズライルに迷惑をかけているとわからないのか!お前は平均レベルのアークスだ」
だから、何を言われても平気だった。
お前に力はない素質はない、アークスに向いていない……。
両親のような言葉を投げつけられても、俺は平気だった。
「お前はアズライルとは違う」
その言葉を聞くまでは。
ハッと気付いた時には、拳を握った俺と、端末で何か慌てたように連絡を取っているアークス、そしてその間にアズライルが倒れていた。
☆
ここはメディカルの一室。外には【アズライル・フラム】と書かれたネームプレートがある。
「……アズライル」
「私は平気だ。今回は殴ったのが私だったからよかったが、感情に任せて殴りかかるのはこれで最後にしておけよ」
「……」
アズライルは苦笑したが、口角を上げたことでその腫れ上がった頬が痛んだのかすぐに顔を顰めた。
お前はアズライルと違う。そう言われ即座に怒りが頂点に達した俺は、そのアークスに殴りかかっていた。
しかしそいつに拳が当たる寸前にアズライルが割り込んできた。
俺のパンチをまともに喰らったアズライルは、軽い脳震盪を起こして意識を飛ばし、今はこうしてメディカルのベッドの上だ。
元はと言えばアイツの発言が原因なのだ。アイツがあんなことを言わなければ。アズライルだって、なんで割り込んできたんだよ。俺の中はやり場のない苛立ちでいっぱいだった。
気まずい沈黙が部屋を支配する。
「アズライル、入っていいか?」
「どうぞ」
そこへ、部屋の外から声が掛けられた。その声は、研修生時代に嫌というほど聞いた声。顔が引きつる俺をよそに、アズライルは入室を許可していた。
「げ、フラム教官」
「正直な反応だな、やんちゃ坊主め」
「うぜえ……」
小さな空気音を立てて横にスライドしたドアから入ってきたのは、やはりフラム教官――ダンだった。
ダンは多分、いや絶対に、アズライルが倒れたこともその原因も知っている。俺に向けてくるやけににこやかな笑顔が少し怖かった。
「検査の結果は聞いた。どこにも異常はないようだな」
「はい。心配をかけてすみません、教官」
「もう今は研修生ではないだろう?」
「ああ……そうでした、父さん。会うのは養成学校の中くらいだったから、教官呼びが自然に出てしまって」
始まった親子の会話に、俺は途端に蚊帳の外に追いやられる。
ダン・フラムとアズライル・フラムが親子だと知ったのは最近のことだった。
正直二人の顔は全然似ていなかったし、養成学校時代は互いに教官と研修生として線引きをしていたこともあって、苗字が同じだけの他人だと思っていた。だからアズライルから告げられるまでちっとも気が付かなったのだ。
だからといってのけ者にされるのは、あまりいい気分じゃない。
ふいに、ダンがこっちを向いた。その真剣な眼差しの意味が解らず、負けないように睨み返すことしかできない。
「セナ。一人きりで強くなった者はいないと以前言っただろう」
何を言ってるんだこの人は、と思った。
以前の俺なら一人で強くなろうとしただろう。でも、今はアズライルという仲間がいる。だから俺は安心して戦える。
俺はダンの教えの意味が理解できているのに、何故、理解できていないかのように言うのだろう。……うぜえ。
「それはわかってる。だって、俺にはアズライルがいる、俺たち二人なら何でもできるんだ。なのに他のヤツらは任務に行くのを止めようとする。だから……」
他のヤツらなんていらない。
そう言った時、アズライルが顔を曇らせた。何故そんな表情をしたのかがわからないでいると、ダンがため息を吐いた。
「セナ。君はまだ、私の言いたいことを真に理解していないようだな。そのままでいればいずれ、取り返しのつかないことになるぞ」
そう言い残し、ダンは部屋から出ていった。
「なんなんだよ、うぜえな。……じゃ、俺もそろそろ戻る。殴って、ごめん」
「いいよ。セナ…………いや、なんでもない。また、任務で」
またな。そう言えば、アズライルは静かに笑って手を振った。