俺は昔から要領がよかった。運動も勉強もそれなりにできた。なにより自分にできることとできないことが何かを理解していたし、勝負を自分の得意な分野の土俵に持ち込むのが得意だった。
それにフォトンの扱いに関しては同年代でズバ抜けてもいたし、フォトンを使った音声の再現なんてのは周りの誰にだってできなかった。
周りからは神童なんて持て囃されて、当時はアークスになって六芒の空席に収まるんじゃないか、なんて子供心ながら思ってた。
そして俺が9歳の時、妹が生まれた。初めて見たときは身内の贔屓目だけど、結構可愛いなぁなんて考えていた。
それから5年、俺は14歳になってアークスの研修生になった。妹は5歳だったが、両親にべったりで結局俺には懐かなかった。
両親は俺も妹もとても可愛がってくれたけど、話すのも歩き始めるのも、食器を使うのも俺よりずっと遅かった妹よりは、やっぱり俺に期待をしていたようだった。
アークスの研修生になって、たまにはすごいやつも見かけたけど大半はレベルの低いやつらばかりだった。
でも、たまに見かけるすごいやつだって音の再現はできなかったのに教官は俺の能力を評価してくれなかった。
体力作りや基礎練習なんてやる必要ないと思ってたし、自分の得意な分野をもっと伸ばしたかったのに頭の固い教官ばっかだなって思ってた。
戦闘に関してはやっぱり上には上がいる訳で、昔思ってたような六芒の空席に収まるなんてことはきっとどれだけ努力したってありえないことだってことはすぐに分かった。
面倒な基礎連だったり認めてくれない教官だったり、そんな小さなフラストレーションが溜まってた頃に両親の訃報が届いた。交通事故で亡くなったらしい。
妹は親戚が引き取ってくれることになったが、俺もちょうどアークスにムカついてたし妹を一人にできないって大義名分があったからそのまま教官に恨み言を散々ぶちまけて中退した。
親戚のおじさんおばさんは両親を亡くして混乱している妹を放っておけなくて、と言ったら感心していた。扱いやすくて助かる、上手くやっていけそうだなって思った。
妹は両親にべったりだったし、相変わらずの人見知りと不愛想だったが、おじさんたちはふさぎ込んだ妹を見て不憫だと思っていたようだった。
それからおじさん達が経営してる料亭で俺たち兄妹は住まわせてもらって、俺は料亭の手伝いをして必死に働いた。
妹はふさぎこんだままで部屋に閉じこもって両親の写真ばかり見ていた。おじさん達もそんな妹を相も変わらず同情していたようだった。
3年が経ち、俺は17歳、妹は8歳。妹は変わらずふさぎこんだままだった。優しいおじさん達もさすがにちょっと困った顔をするようになっていた。
仕方ないので俺は妹を立ち直らせるために料亭の雑用が終わった夜に妹に話しかけた。
「なぁプラハ、父さんも母さんもお前をずっと傍で見守ってるけど立ち直らないから心配してるぞ？そろそろ大丈夫だってところ見せてやろうぜ。」
「…傍で見守ってるって言っても、私見たことないもん。私が何言っても答えてくれたことだってないし…。」生意気に口答えするようになったようだ。
「なんだよ、俺がお前に嘘ついたことあるのかよ。俺は霊感が強いからさ、感じるんだ。最近その…なんだ？プラハの周りの霊力が高まってる。近いうちに父さんや母さんの声が聞こえるかもな。」もちろん嘘である。
妹は返事もしてくれなかったが、面倒だけどお兄ちゃんとして一肌脱ぐことにした。
翌日、料亭での仕事が終わり2階の俺と妹が使わせてもらっている部屋以外の場所を確認し、プラハの靴があることを確認する。
そっと俺たちの部屋の窓の側まで静かに上り、窓に向けてフォトンで音を放つ。
「…プラハ、聞こえる？」今でもたまに夢で見る、母さんの声をフォトンで再現する。
「…！！ お母さん！ お母さんなの！？」部屋の中から今にも泣きだしそうな妹の声が聞こえる。
「…父さんたちの声はもうじき聞こえなくなるだろう。でもな、プラハ。父さんも母さんも見えなくてもお前の傍にずっといるから。お前が元気に立ち直ってる日を待ってるから。」父さんの声で。
「やだ！まだ私、喋りたいこといっぱいあるのに…」そう言って泣き出したであろう妹の声が部屋から聞こえる。
「話したいことがるならお兄ちゃんに話しなさい。あと、お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞くようにね…。」母さんの声で段々と音量を小さくしながらそう言った。ちゃんと言うこと聞くようになればいいけど。
それから数分後、「ただいまー…。」と言って部屋に入ると妹はまだ泣いていた。
「…なにかあったのか？」平静を装いながら声をかける。
「…お母さんとお父さんの声が聞こえた。お兄ちゃんの言ったとおりだった…。」あんまり素直に信じてるようだから、妹の将来が心配だ。
「そうか、よかったな。じゃあ、俺もう寝るから。」ボロが出ないように話を切り上げ明るいままの部屋で布団に潜り込む。
翌日、妹がおじさん達に挨拶をしてなにやら話をしているところを見かけた。まだそんなに愛想はよくないままだけど、きっとその内に心を開くだろう予感はした。
それから毎日、妹は夜に俺が部屋に戻ってくるとよく話しかけてくるようになった。言いつけを守ろうとしている妹が愚かで可愛く思えた。
そうしてさらに1年が経ち、俺は18歳になった。妹もようやくおじさん達に心を開いてきたようで、今では冗談を言い合ったりしている。
最近では少しずつ料亭の手伝いもしている。もっと愛想よくできないのか、ホントに俺の妹かと思うくらいには要領が悪かったが、天真爛漫な笑顔で今ではおじさん達だけでなくお客さんにも可愛がられているようだ。
仕事に関しては要領が悪いのは相変わらずだが、人間関係での立ち回り方はさすが俺の妹と言いたくなるくらいのもので鼻が高かった。
妹もこの家に馴染んできていたが、俺に少しべったりだったので妹の成長のためにも家を出ることにした。
映画や舞台を見るのが好きだった俺は、自分の特技を活かそうと舞台の裏方で働かせてもらった。劇団での評判はすこぶるよく先輩たちにもとても可愛がってもらっていた。
ある日、先輩に賭場へ連れてってもらい、そのとき俺は衝撃を受けた。こんな面白いものがあるなんて…。
それから俺は賭博にのめり込み、通い詰めた。勝ったときは妹やおじさん達を誘ってちょっと高いものを食べに行ったりしたが、負けがこんだときは借金をするようになった。
ある日、妹に呼ばれ久しぶりに帰るとお礼を言われた。おじさん達がアークスの研修生を中退したことを美談として話したようだった。
あんまりにも照れ臭かったので、冗談でお金を貸してくれないかと頼んだらあっさり貸してくれた。それから時々、妹にも金をせびるようになった。
「兄さんまたお金？もう、しっかりしてよね！ほんとのほんとにこれで最後だからね…？」あの妹がしっかりと叱れるような子に育ってくれたことの感慨深さを噛みしめながらも、やっぱりお金はちょくちょく借りた。
自分の中でも勝算のある賭け事を選んでいるつもりだったし、なんだかんだで借金をしても返済は出来ていた。
そんな生活を続けて3年、所属する劇団で金を借りたり逃げ出したりを続けた俺はついに雇ってくれる劇団が無くなっていた。
ハンドフルートの真似事の大道芸から、依頼のあった人物のネガティブキャンペーン等ちょっとした裏の仕事もするようになり、そっちのほう面での知り合いもできた。
700万メセタの借金を返すために1500万のメセタを借りて元手にしたが借りたところよくなかった。自分的には勝ちの目の多い勝負だったが、結果は1500万のメセタを全スリだった。
「ぶへっ！」数日後、スキンヘッドにサングラスをかけたいかにもな風貌の人に勢いよく殴られた。
「おい兄ちゃん、あと一週間待ってやる。200万メセタ、しっかり用意しな。用意できなきゃ売れるところ売ってもらうぜ。」ヤクザっぽい人が言う。
「分かりました、絶対！絶対用意しますんで…！」渾身の土下座をして見逃してもらった。
殴られた顔面をさすりながらフラフラと市街地を歩きながらどう稼ぐか考えていると、前から声が聞こえた。
「兄さん！どうしたのその顔！？もしかして…危ないところからお金借りてないよね…？」心配そうに妹が尋ねる。手持ちの袋から買い物の途中であることが予想できた。めんどくさいのに見つかったな。
「いっやぁ…三股してたらバレちゃってさ…いやーもう修羅場修羅場で命からがら逃げだしたところだ…。」心配させないように笑って答える。
「…。最低だけど、とりあえず手当はしないと、でしょ。ウチ寄って行って。」それから久々におじさん達の家に帰り傷の手当てを受けて帰った。
一週間、色々頑張ったけれど100万メセタしか稼げなかった。とりあえずこれで許してもらえるだろうか。
そんな心配をしていたが、不安的中。やっぱりダメだったようで無駄に殴られたし、汚い声でギャーギャー言われた。
「やめてください！お、お金ならあります…！」後ろから震えた声で叫ぶ妹の声がした。
どうやらおじさん達からお金を借りて200万メセタ用意してきてくれたらしい。そんなことしたら居づらくなるだろうに、悪いことさせたなと少しだけ反省した。
妹に肩を貸してもらいながらの帰り道、どうしてこの場所が分かったのか聞いてみた。
「気づいてないかもしれないけど、兄さん、結構演技下手だもん…」だそう。三股事件の時に気づかれていてそれから後をつけられたりしていたらしい。成長したなぁ。
帰宅後、表情に出てもいいように電話でいい仕事が見つかったから心配するなと妹に伝えた。
妹への電話が終わると、すぐに知り合いに電話を掛ける。「手数料は払う。ナベリウスに下ろしてくれ。」
脳裏に浮かんでいたのは依然ショップエリアで見かけた金をもってそうな新人アークス達だった。
それから一月後、ナベリウスに降りて辺りを見渡し、良さそうな場所を探す。ちょうどよい川があった。ここに決めよう。
川を越えて対岸へ行くと、さらに奥には段差があった。ここなら射撃さえ避けて段差の下に行けば相手が川を越えてくるまでにテレパイプで逃げ切れるだろう。対岸まで一足飛びで来れるようなやつさえいなければ、だが。
以前所属していた劇団でよく透る声が印象的だった女優の悲鳴を小さい音量で再現し、同年代で迫力があると評判だった俳優の声も小さい音量で再現してみる。うん、いい感じだ。
「ギフォイエならぬ、擬フォイエってな。」フォトンで火の玉の形状を少し異質にして、その場に二つ留まらせる。そして、仕上げに重低音を周りに放つ。
「脚本も演技もボロクソに言われてきたけど、やるしかない…か。なるべく金持ちのボンボン来てくれよ…！！」祈るようにつぶやき、先ほど練習した女性の大きな悲鳴をナベリウスに響かせる。
今月中に200万メセタか…やってやる。
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先日のセッションまでのブラハムの前日譚になります。妹は完全に嘘のつもりで最初言いましたけど、妹がいるのもアリかなと思って昨日設定作っちゃいました。
結果的には妹なしのときよりよくなったような気がします。セッション参加いただいた方、感謝感謝です。