初めての里帰り


事の発端は今月の頭までさかのぼる。

「うち、この週休暇もらいますー。実家に帰るんでー」
「あ、〇〇ちゃん里帰り?私もたまには帰ろうかな?顔見せてやらないと寂しがるし」
「だよねー!うちも親が孫の顔みたいとかいいだしちゃって――」

クロイのバイト先で、同僚が休暇の予定の話をして盛り上がっていた。毎年、この時期は同じ話題で盛り上がっている。クロイは毎年それをぼんやりと聞くだけだった。

「里帰り、ねぇ…アタシはまだ一度もやった事ないわねぇ…」

だが、今年のクロイは行ってもいいかなという気持ちになっていた。というのも、最近話題がなくて話をするのに難儀していたからである。
そんなやんわりとした理由で、クロイは初めての里帰りをすることにした。


研究所と思わしき場所。無機質な内装の中を、クロイが周りを眺めながら歩いている。

「変わってないわねぇ、ここも。なんとなく皆に触発されて帰ってきたものの、この様子じゃ大した話題は作れなさそ」

帰ってきて早々に感づいてはいたものの、実際同僚と盛り上がれるような話題ができるわけがなかった。身の上話はある程度共通しているから盛り上がるのだとクロイは痛感した。

「…他のコ達は元気にしてるかしら。まあアタシは顔も番号も何も知らないのよねぇ」

自分と同じくここで生まれた「きょうだい」とも呼べる存在。クロイは会ったことはないが、何人かがここを巣立っていったとだけ聞かされていた。そんないるかどうかも分からない存在に思いをはせる程にクロイは暇を持て余していた。
折角もらった一週間の休暇をどうやって消費しようかと考えながら歩くこと数十分。
ふと、建物内を進む足が止まった。

「…あらぁ?この先は封鎖されてたはず…盗みにでも入られたかしら?」

ここにいた頃、この区画へは入ることができないように厳重に閉鎖されていた。それが今は障害物一つ無く、奥へ進めるようになっていた。

「ちょーっとお邪魔するわよぉ」

暇をつぶすにはちょうどいいかもしれない。そう思ったクロイが奥に進む決断をするのはすぐだった。

「…何これ?ひっどいボロボロ。こりゃ封鎖もされる訳ねぇ」

先程まで歩いていた建物とはうって変わって、壁や床はひび割れ内側がむき出しになっている箇所が多くあった。当然ながら電気も通っていない様だ。

「…物音するわね?この先かしら」

そんな中、自分のものではない物音が奥から聞こえてきた。好奇心から、さらに奥へ進んでいく。
開けた部屋に出ると、そこには簡素な墓が数百と並んでいた。さながら墓地のようである。
その奥に、墓に一つ一つ挨拶をする男性の姿が見えた。ゴトーである。
だが、クロイは彼に会ったことはない。警戒しつつ物陰に隠れて様子をうかがうことにした。

「…。姿を見せたらどうです?」

ゴトーがすべての墓に挨拶を終えた後、彼は墓の方を向いたままそんな言葉を発した。自分以外には誰もいない。いつからか気付かれていたようだ。

「…あら、ばれてたのね。どうも初めましてねぇ」

クロイは物陰から出て、挨拶をする。あくまでいつもの調子で。

「…どちら様でしょうか?そもそもここへどうやって…」

ゴトーは問いかけの途中で言葉を切った。何か思い当たる節があったようだ。

「…いや、聞くのも野暮か。ここにいるという事は」
「へぇ、まさか?アナタも」

クロイにも思い当たる節があった。こんな場所にいる奴なんて職員以外には一種類しかない。

「「番号持ち」」

答えが揃った瞬間、510はクロイへステッキを突き刺してきた。

「ちょ、うっそでしょ!?一張羅に傷ついたらどうしてくれるのよ!」

961はそれをかわし、反撃に出ようとした。が、里帰りには不要と思い武器になるものは持ってきていなかった。出たのは悪態だけだった。

「土に還れば同じものだ。心配する必要はない」

彼は再びステッキを構え、961を殺す勢いで襲ってくる。丸腰の961にできることは死なないように立ち回ることだけだった。

「何言ってんのアンタ、正気!?」
「正気でこの罪が贖えるとでも?」

961は彼を問い詰めるが、返ってくるのはステッキの刺突と要領を得ない返答だった。

「ハァ!?罪?番号以外にフダまで下げてんのアンタ?」

彼が何の事を言ってるかまるで分からない961は、何とかして情報を聞き出そうとした。目の前にいる彼が本当に番号持ちなのか確証が無かったからである。

「…本当に番号持ちか?番号は言えるか?」

510は突然攻撃の手を止め、961に問いかけてきた。どうやら向こうも同じ考えに至ったらしい。

「あったり前でしょ、961よ。二度は言わないわよ」

最初からこうすればよかったのに、と苛立ちつつも961は自分の番号を伝えた。

「961…だと?700番台より後ろが存在していたとでも…?」

彼はそれを聞いて、少し動揺したように見え、そこから少し考え込んでしまった。

「そういうアンタこそ番号言いなさいよ」

しびれを切らした961は、今度はアタシの番だと言わん勢いで、510を問い詰めた。

「…510」

勢いに押されたのか、彼は渋々と番号を告げた。

「ええ…?500番台?マジで?安定化したのは800番台以降じゃ…」

961は、ここに帰って来てから話をした職員の言葉を思い出した。「800番台以前は生物として成立しておらず、五体満足な人型に至ってはそれ以降の番号のみだった」と。

「…どういうことだ?」
「そりゃこっちの台詞よ。どうなってんの一体?」
「「…」」

互いの番号に驚きを隠せず、困惑する二人。最終的に沈黙する他なくなってしまった。

「…これで満足?アタシ帰るわよ」

先に沈黙を破ったのは961だった。突然現れた存在しない番号持ち、先の戦闘の疲労、かみ合わない情報。普段使わない部分への負担が重なっていた。

「…ええ、ご迷惑おかけしましたね」

彼は突然攻撃したことを謝罪した。先ほどまでとは打って変わって、物腰の柔らかそうな言動になっていた。

「ホントよもう…今度何かおごりなさいよぉ?」

クロイはその様子に驚きつつも、冗談っぽく茶化してこの場を後にすることにした。
後ろで彼が何か言っていたが、今はそれよりもここを去りたい気持ちの方が強かった。


「…っぷはぁ!死ぬかと思ったわ…いや、死んでないわよね?…うん、生きてるわぁ」

帰路に着いた辺りで、クロイの緊張の糸が切れた。脈はいつもよりはるかに早く、冷や汗も出ている。まるで死の恐怖そのものに襲われた気分だった。
無事に自宅へ帰ることはできたが、クロイは数日ベッドから起き上がれない程の疲労感と筋肉痛に襲われることになった。

「にしても…どういうことかしら。番号持ちが通じたのに内容がてんでかみ合わないとか」

その間考えていた事は、同じ番号持ちである510との遭遇だった。なぜ彼は同じ番号持ちにあれほどの殺意を持っていたのか、なぜ情報が全くかみ合わなかったのか……

「いや、考えても仕方ないわぁ…この事はひとまず流しちゃいましょ。ちょっとしたホラーって事で…アイタタタ…」

結局答えが出ることはなく、クロイの初めての里帰りは疑問と疲労感だけが残ることになった。