夏だ☆海だ☆エアリオだ☆_2

渋るログを半ば引きずるようにしてカフェに連れてきたセナは、何故かついてきた赤髪サングラス――――ヒレン・ハントヴァレーと共に、軽食を取りながら彼女の話を聞くことにした。

「さあさあさあ、何でも話してごらん?ハルファに愛し愛されたこの僕に任せなさい☆」
「この人のことは気にしないで。で、”エアリオ興し”ってなんなんだい?ミーティングでもそんなこと聞いてないけど……」

ニコニコと笑顔全開のヒレンに若干たじろぎながらも、セナに促されたログは、やはり遠慮がちに話し始めた。

「……全部、あのボケ上司が悪いんすよ……」

――――数日前。

広報部のミーティングでの、ログの上司の発言が全ての発端であった。
いつも通り、今後のイベントの日程確認と取材のすり合わせぐらいで済むと高をくくっていたログに、それは唐突に襲いかかった。

ミーティングを仕切っていた広報事務担当が、最後に、と言って部屋を見渡した。

「このイベント以外に企画がある方は挙手を」

いつも通りの文句。いつもならここで手が挙がることはない。
挙手がないことを確認した事務担当が、またいつも通りの締め文句を言って、ミーティングはお開きになるのが常だ。
幸いミーティングの後は仕事もなく、早上がりできる。ログは早く終われ、と心内で念じた。

だが、自分の隣に座って微動だにしていなかった影が動いた。ボケ上司こと、広報部長である。
それを見たログは頭を抱えたくなった。
ああ、この人が関わるとロクなことがない!早くその手を下ろせ!

広報部長はその名の通り広報部のトップで、部内の人事図としては、ログの上司に収まっている。
しかしその実態は、部下のログに全ての仕事を押し付けて自分は一日中オフィスの椅子にふんぞり返っている中年男性。
ただ勤続年数の長さだけで部長の座についてしまった、絵に描いたようなダメ上司なのだ。
やっていることを強いて挙げるとすれば、書類に目を通してサインをするくらいだろう。が、その書類もしっかり確認しているかすら怪しい。
重役に就いていながらも仕事を一切しない部長のおかげで、ログだけでなく、広報部に属するスタッフ全員が苦労を被っていた。
昇進意欲のないログが人一倍仕事を頑張って守備範囲外のこともこなし、18歳の若さで部長補佐に登り詰めたのも、今の上司を広報部長の座から引きずり下ろすためだ。
彼女自身もそこまで仕事に自信を持っているわけではないが、自分が新たな広報部長となり、今の部長よりかはマシな環境を作りたいという思いの表れである。

……閑話休題。

ログが心中で呻き声を上げる隣で、上司が重々しく口を開いた。

「最近、自分で孤島を開拓し、そこを生活の拠点にするアークスが増えている。セントラルシティにある宿舎も空きが目立ってきて、フードスタンドには人の影すらない。これはアークスのエアリオ離れではないかと思う」

これは重大な問題だ、と言う上司に、言うほどか?とログは思った。
確かに最近、何かと話題になっている孤島で生活するようになったアークスの話は聞く。SNSでもそれ関連の投稿が増えてきて、多くのアークスが孤島での生活を満喫している様が伺える。

元々エアリオの宿舎を使っているアークスがそこまで多いわけでもなく、各リージョンに居住しているアークスの数はほぼ同数だ。
確かにエアリオに居を構えるアークスの数は少し減ったが、彼らだってエアリオでの任務があればセントラルシティにある施設を使う。
現にマイショップやエステの前などは連日賑わっているし、上司が言うように過疎化が進んでいるようには見えなかった。

「そこでだ。そんなアークスたちを再びエアリオに呼び戻す企画……”エアリオ興し”を提案する」
「エアリオ……興し、ですか……」

声高らかに宣言した上司は得意げだ。自分が重大発見をしたと思い込んでいる。無垢な中年オヤジの曇りなき眼の光に晒され、ログは眩暈のする心地だった。

「具体的には、どういったことを……」

事務担当がおっかなびっくりといった感じで上司に尋ねる。すると、上司は黙った。
やはり意見が言いたかっただけで、何も考えていなかったらしい。ここまでは予想範囲内だ。
しかし、黙りこくってしまった上司の目線が、隣に座る自分に注がれていることに気付いた時、ログはミーティング後に早上がりするのは無理だと悟った。

「”エアリオ興し”と題し、アークスがエアリオに帰ってきたくなるように、大々的にエアリオを宣伝していくつもりだ。そしてその責任者は……」

上司だけでなく、全員の視線がログに注がれた。

(……ああ、終わった)

「オブザーヴァー広報部長補佐。君を”エアリオ興し”の責任者に任命する」

そろそろ本格的にに補佐の仕事を覚えてもらわねばならんのでな、とほざくその口を二度と聞けなくしてやりたい。
ログの中に殺意が芽生えたが、それを表立って出すほど子供でもない。こういうところで波風を立てたって仕方がないのだ。どうせこのボケ上司は聞きやしない。

――――こうして、具体的な案が何一つ固まっていない”エアリオ興し”は、ログを責任者としてスタートを切ったのだった。

「…………というわけなんすよ。あのボケジジイの気まぐれ発言とはいえ、仕事をないがしろにはできないんで……」

もはや上司を敬う気などないログは、「ボケ上司」が「ボケジジイ」に変わっていることに気付いているのだろうか。
こうして上司の気まぐれ発言で急に湧いた仕事に、真面目かつ上司を蹴落とさんとする彼女が今までも振り回されてきたことは、想像に難くなかった。

中身を詰めるところから一人でやらねばならないなんて、大変だろう……と思ったが、そこで、先程のログの発言を思い出した。

「でもさっき、モデルを探してるって言ってたよね?」

ログは、ぶつかった時に「”エアリオ興し”のモデルを探している」と言っていた。
仕事の早い彼女のことだ、もう大まかな案は固まっているのだろう。

「まあ……はい。とりあえずは、エアリオの特徴や象徴的な場所を写真に撮って、SNSや各リージョンのモニターで発信したり、アークスの持つ端末に映像メールみたいな形で一斉送信しようかと思ってます。景色だけだと物足りないんで、モデルになる人間も入れようかと」

イベント開催は流石に無理だったんで。とログはサンドイッチを頬張りながら言った。
一応、既存のイベントの合間に、エアリオを宣伝できるイベントを挟んでもらえないか各部署に掛け合ってみたらしいが、返答はいずれも「無理です」の一言だった。
それはそうだ。既に数か月先のイベントまでは各リージョンごとに組まれており、変更が利かない。突然湧いて出たエアリオのみのイベントをねじ込むのは不可能だった。
イベントは無理でした、とログが一応報告すると、上司は特に不満げな顔をすることもなく、そうか、と言ったきりだった。やはりあの場で発言しただけで満足したらしい。

「撮影は一応、夏……ってことで、南エアリオの、バルフロウ大瀑布付近の水場でやろうかと思ってます」
「んんーイイね☆で、肝心のモデルは目星つけてるのかい?なんなら僕がモデルとして立候補しようか☆」

ヒレンは目を輝かせ、はいはいはーい!と元気よく挙手した。その声で周囲の客の視線がセナたちに集中し、セナとログは気まずそうに縮こまった。

「……あー、まあ、やってくれるなら、お願いします。乗り気でいてくれる方がこっちも楽なんで」
「OKOK☆お安い御用さ☆」
「ありがとうございます、んじゃ、また撮影日が決まったら連絡するんで……」

端末で自分の分の食事代を決済しようとしたログに、セナは待った、と声を掛けた。

「代金は私が払うから、いいよ」
「え……でも、結構食べたし、自分で払いますよ」

遠慮がちなログは、やはり素直に奢られてくれない。
セナは自分の端末を操作し、その画面をログに見せた。すると、ログの眉が困ったような八の字になった。

「もう払っちゃったから。ログ嬢は仕事を凄く頑張ってるし、たまには周囲に甘えてもいんじゃないかい?」
「甘えるって……。……あー、あの、代金はあとで送金しますんで」
「だめ。送金してきたら怒るよ?」
「ほらほら☆こういう時は素直に受け取っておきなさい☆」
「あなたは自分で払ってくださいね」

ばっちーんと音がしそうなほど強いウィンクにやられたか、ついにログは折れた。

「……ご馳走様です。ありがとうございます」

全て済んだ。
撮影のモデルは自らヒレンが立候補してくれたし、ログに食事を摂らせることもできた。
撮影の日取りに関しても、エアリオはドールズの出現もそう多いわけでもないし、スムーズに決まるだろう。

セナは大きな仕事を終えた気分で、管制室に戻ったのだった。