夏だ☆海だ☆エアリオだ☆_3

昼休み。オペレートを終えて一息ついていたセナの前に、マグがホログラム映像を映し出した。

「ログ嬢?今日もお疲れ様。どうしたんだい?」

そこに映っていたのは、瓶底眼鏡の少女。ログだった。
ログは気まずそうに「あの……」と切り出した。

「……奢ってもらった恩を仇で返すようでほんと、申し訳ないんすけど……その、”エアリオ興し”のモデル、頼めませんか……?」

ああ、全て済んだのではなかったのか。
セナは悟ったように微笑んだ。

ピピッ、とセナの携帯端末が受信音を発した。この音はメールだ。
早速開いてメールの差出人を確認すると、Log・Observerとあり、ログからのものだとわかる。

――――撮影会日程について
日時:○○日、午前11時
場所:南エアリオ(バルフロウ大瀑布付近のリューカーデバイス前に集合お願いします)
よろしくお願いします――――

必要最低限の事柄のみが記されたメールに、確認した旨のメールを返信する。

「ああ……なんで私が」

自分が水着姿で砂浜にいるところを想像し、セナは天を仰いだ。

かの”エアリオ興し”のモデルに立候補したヒレンが、なんと急用ができたとかで撮影に行けなくなったそうなのだ。
そしてセナのもとへ憔悴しきった様子のログから撮影モデルの打診の連絡が入ったのがつい3日前。
南エアリオのバルフロウ大瀑布付近を一日貸し切り、撮影スタッフも外部から手配しているらしく、それを全てキャンセルとなると結構な金がかかるようで後には引けない状況らしい。

ここで自分が断っては、このワーカーホリック気味の少女があまりにも哀れだと思い、セナは二つ返事で了承したのだった。

撮影当日。
セナが集合場所に行くと、既にログと、ラフな格好をした数名の男女が各々荷物を持って待っていた。彼らがログの手配したという撮影スタッフだろう。

「おはよう、ログ嬢。待ったかな?」
「あ……はよっす。待ってないっすよ。今日はよろしくお願いしますね。こっちの人たちが撮影チームっす」
「セナ・グラースです。皆さん、よろしくお願いします」

ログがてのひらで示し、撮影スタッフたちを軽く紹介していく。セナは一人一人に丁寧に頭を下げた。

「……んじゃ、今回の撮影の内容を簡単に説明しますね。不明点は都度聞いてください」

撮影内容の説明を受けているあいだ、セナは、自分の顔に数人の視線が注がれているのを感じた。視えている右目を動かして確認するが、人影はない。

(左目が気になるんだろうな……)

セナの左目は、過去にダーカーの攻撃を受けたことでダーカー因子が残留しており、視力が失われている。眼球自体の壊死や腐敗は免れたものの、白目は真っ黒になり、瞳は白に近い銀色で縦長の瞳孔をもった、爬虫類のような見た目になっていた。
今のようにこうして周囲から好奇の目を向けられるのは慣れている。ヒューマンにしては実際に変な色の目なのだから、セナは特に気にしていない。
それに今のアークスは以前よりも多種多様で、セナの左目なんかよりももっととんでもない見た目のアークスだって山ほどいる。セナの左目を見ても、ファッションの一環だと思ったのか、気に留めない者も増えた。

「ログ嬢、私の左目なんだけど、撮影後に編集で右目と同じ色にしてくれないかい?」
「ああ……、いいっすよ」
「ありがとう」

セナの言葉を聞いた撮影スタッフの数人は、ばつがわるそうに視線を逸らした。そんなつもりは全くないが、彼らを責めたようで少し気まずい。
しかし近くで見ると、白目に引っかかれたような傷があるし、瞳周りは微かに赤い血の色が滲んでいる。明らかにファッションではなく傷だとわかってしまうので、隠す必要があった。こんな傷は見て気分のいいものではないだろう。

「……で、衣装なんすけど……これ。水着っす」

ログが差し出した袋を受け取り、中から取り出してみると、水着、サングラス、夏用の上着、そして靴が入っていた。
上着は普段自分が来ているものの夏仕様のようで、通気性の良い素材を使っているのがわかる。水着は下とは別に胸元を覆う上半身用のも入っていた。
まるで、セナが肌を出したくないのを知っているかのようである。

セナがログを見ると、彼女は少し眉を下げて、ぎこちなく口を開いた。

「撮影をグラースさんにお願いしたって一応ヒレンさんに連絡入れたんすよ。したら、グラースさんはあんま肌を出したがらないって聞いたんで、ブーメランパンツ1枚じゃまずいな……と思って」
「そうか……」

思わぬ方向から傷を抉られ、セナは苦笑するほかなかった。

セナは今でこそオペレーターだが、その昔はオラクルのアークスで、その頃からヒレンと顔見知りだった。
ある時セナがアークスを辞めることになる決定的な事件があり、そこでセナはヒレンと共に全身傷だらけになったのだ。
それ以来セナは薄着を避け、真夏でも上着を着ているようになった。自分の身体についた傷を晒したくなかったし、なにより自分が傷を見たくなかった。

それを抜きにしたってブーメランパンツ1枚は嫌だ。ヒレンはきっと喜んで履いただろうが。

   ☆

セナが着替え終わって仮設テントから出てくると、既に大瀑布から少し離れた水場で撮影スタッフが道具を設置し終えており、セナを待っていた。
フォトングライドを活用して彼らのもとへ辿り着くと、撮影チームのリーダーらしき男が指で水場に浮いている浮き輪を指し示した。

「その浮き輪に座ってもらって、こっち向いてくださーい!」
「サングラスは頭の上に乗っけてー!」
「いいよーいいよー!そのままちょっと笑って!」

指示された通りに浮き輪に座った瞬間、次々と指示が飛ぶ。
指示が止んだと思えば、即座に無数のシャッター音が響く。

「いいよーいい笑顔だ!今度はもうちょっと上目遣いで!」
「へ?……こう、です?」
「最高!いやービジュがいいっていうのはこういうことだね!」

シャッターを切る時には同時に褒め言葉も飛んでくるので、なんだか気恥ずかしくなってくる。
そんな気恥ずかしさも、撮影が水場から砂浜に移動した頃には薄れてきて、スタッフの指示に躊躇うことなく次々とポーズや表情を変えた。

「じゃあ次は……カメラに背中を向けて座ってくれるかな?」

素直に従い、くるりとセナはカメラに背を向けた。
カメラは海の方を向いており、それに背を向けると、セナは自然と海の方を向くことになる。

(この撮影も、ちょっと楽しいかもな……いや、恥ずかしいけど)

果てしなく広がる青い海を見ていると、心が洗われるようだ。この海よりちっぽけなことは全部どうでもよくなってしまう。

「えっ、あ、ええ……?仕事じゃなかったんすか、ええ……?」

ふいに、ログの戸惑ったような声が背後から聞こえてきた。どうしたんだろう、とセナが振り向くと……

「どこの美女かと思ったよ☆いやあ君に任せて正解だったね☆」

鮮烈な赤髪の上に乗ったサングラス。語尾に星マークでもついていそうな声。
先程の心が洗われるような心地はどこへやら、セナは顔をしかめた。

「……ヒレンさん?用事があったんじゃ」
「ああ、それが思ったより早く済んでね、だったら撮影の様子を覗こうかなーと思ってさ☆」

撮影のお手伝いをするよ☆、とログにウィンクを飛ばすが、ログはいや、人足りてるんで、とすげなく断った。

「その髪型も似合ってるよ☆」
「君が眩しいからサングラスは必須だね☆」
「いやあ君と砂浜デートする女性が羨ましいよ☆」
「ああっ!後光で目が潰れる!」

撮影は再開されたが、ヒレンが必要以上に褒め倒すから調子が狂い、だんだんと疲れてげんなりとした気分になってくる。

「外野はちょっと静かにしてくださーい。グラースさんが瀕死なんで」
「おや☆恥ずかしがって顔が真っ赤になってるところも可愛いね☆」
「……や、あれは暑さで赤くなってると思うんで……あの、とりあえず黙ってもらって……」

ヒレンがいるとうるさいことこの上ない。
セナは指示通りにポーズを取りながら、ため息を吐いた。