強敵_帰還

無機質な会議室に、一人の研究者と思わしき人物がモニターに映像を映しながら説明をしている。
モニターに映っている映像は、黒いキャストが、捕獲隊の面々と出会い、逃走するまでの一部始終が映っていた。
研究者は冷や汗をかきながら説明を続け、最後に

「――以上が今回の報告となります」
と、言って会話を終えた。
それを聞いていた、同じ服を着た幾人の内一人が、

「随分と情けない報告ではないか、ん?かの最高戦力を投入してこれか!一体この後始末をどうするつもりだ!」
と、声を荒らげた。
どうにもこの男は説明をしていた研究者の上司らしい。
説明していた研究者は体を縮こませながら、必死の弁明をした。

「それは…向こうも察知から対応までが早く、またこちらの装備も調査用の物だけで対人戦闘を考慮しておらず――」
「御託はいい!君の処分はこの後決めるとしよう」
「はいぃ…」
だが、それは上司の一喝で止められてしまい、後に残ったのは研究者の情けない返事だけだった。

「ところで、彼はどうした?まさか責任を君だけに押し付けるわけではあるまいな?」
身を小さくしている研究者に上司が聞く。変わらず口調は荒いままだ。

「ヴェータなら、今も『向こう』だよ。任務は継続中」
突如、さっきまで映像を映していたモニターに男の顔が映る。顔は若く、10代半ばといったところか。

「っ…プロフェッサーか、君も処罰は免れないのだぞ?そのくせに遅刻とは随分な身分だな?」
上司は画面に映った男、プロフェッサーに食って掛かる。
しかし、プロフェッサーは気にする様子も見せず、

「今言ったよね。遅刻も何も、まだ任務は終わってないんだよ。なのにさ、今からその後の話をするとかアンタの方が随分と身勝手だと思うけどね」
と、ひょうひょうとした口調で言った。

「言わせておけば…若造が!」
今の言葉が逆鱗に触れたようで上司が激怒する。
だが、プロフェッサーは一言、

「おっと、帰ってきたかな?」
そう告げた。上司はそれを聞いた途端、

「何!?早く呼び出せ!」
と、声を上げた。
縮こまっていた研究者は慌てて部屋を飛び出し、それからややあって、会議室に一人の全身機械の男が入って来た。

「ヴェータ、只今帰還した」
全身機械の男、ヴェータは上司に向かって帰還を告げた。
淡々とした口調に、上司は怒りを覚えたらしく、言葉をぶつけた。

「記録は見せてもらった、何だあれは!まるで遊びじゃないか、なぜ目撃者を消さなかった?貴様程の実力なら初動でそれくらい――」
「追加の報告がある、重要な報告だ。聞いていただきたい」
だが、その言葉もヴェータの返答にに遮られた。

「何ぃ?ご機嫌取りのようなものだったら厳罰化だぞ」
いかにも不服そうな上司は、ヴェータの報告を聞くことにした。

――――

しばらくして、会議室とは別の部屋。
会議室と同じく無機質な内装で、飾り気のないベッドと事務机、それと手術台のような装置が置いてある他には、壁にモニターが埋め込まれているだけである。
そのモニターには、さっきの男、プロフェッサーの顔が映されており、ベッドにはヴェータが腰かけていた。

「いや、流石だね」
「何がだ?」
プロフェッサーが話しはじめ、それにヴェータが答えた。
会議室の時とは打って変わり、人間味のある声色をしている。

「直前まで敵対していた相手、アークスだっけ?そこと協力体制を結ぶまでこぎつけるなんてさ」
会議室で、ヴェータが上司に伝えた『追加の報告』のことである。
その内容は、ヴェータが今後『向こう』、アークスからの支援を受けて調査を行う、といったものだった。

「それを聞いたアイツの顔、傑作だったね。面目丸潰れって感じで」
プロフェッサーは会議室でそれを聞いた上司の顔を思い出して、笑いをこらえている。
ヴェータはそれに、

「別に難しいことではなかったさ、誤解を逆手に取った」
と、答えた。

「誤解?」
こらえていた笑いも忘れて、プロフェッサーが聞き返す。
それにヴェータがうなずくと、話を続けた。

「彼らは我々の『調査』を『無差別殺戮』だと認識していた」
「ふむ?」
「つまり、向こうの提示する『任務』の範疇であれば『調査』の継続はしてもよい、という事だ」
一通り聞いた後、プロフェッサーはきょとんとし、それから今度は噴き出す様に笑い出した。

「ハハハ、なんだいそりゃ、まるで子供の屁理屈じゃないか。よくそんなものが通じたね?」
笑いながら、プロフェッサーはヴェータに聞く。

「本来なら私はここに戻ることも叶わなかっただろうからな。屁理屈でも何でも押し通すさ」
冗談半分、といった具合でヴェータは答えた。

「まあ、それもそうだ…っと」
やれやれ、といった様子でプロフェッサーが返事をしながら機械をいじる。

「で、実際のところはどうなのさ?まさかこれから仲良く協力しましょうね、なんて円満に話が進んだ訳がないだろう?」
直前までとは違い、部屋が真剣な空気に包まれる。
どうやら、プロフェッサーがいじっていた機械は盗聴を防ぐための物のようだ。

「当然だ。端的に言えば、観察処分という体でのアークス監視下への配置だな」
空気が変わるのを感じ取り、ヴェータも研究室の時には伝えなかった情報を隠さず話す。

「なるほど、下手に波風立てることなく動きを縛る訳か。賢いね」
プロフェッサーは納得したように、ふむ、とうなずく。

「ああ、だがさっきも言った通り、『任務』に忠実であれば干渉はされることがないだろう。『調査』の効率は大きく落ちるがな」
ヴェータは、アークスとして模範的な活動をしていれば身の安全は保障される事を伝え、

「代わりに、『向こう』の装備や技術の支援も得られる。プロフェッサーにとっては悪い話ではないだろう」
と、続けた。プロフェッサーはそれを聞き、苦笑しながら

「君もしたたかだね。利用できるなら善意すらも、ってことかい?」
と、嫌味っぽく返した。
それに対してヴェータは、確かに、と続けて、

「恩を仇で返す裏切り者だ、と罵られても否定はできないな。だが…」
と、含みのある言い方をした。

「何かあったんだね?」
プロフェッサーはすかさず聞く。ヴェータは、

「私には市民を守る役割があり、そして『向こう』にも市民はいた。そういうことだ」
真剣な表情と声でそう答えた。

「ふうん…君、本当にそういうところは変わらないね」
納得したようにプロフェッサーは言い、そこに続けて、

「だからこそ、僕は君に協力するんだけどね」
と、付け加えた。