彼岸の陽炎・偽典

ファルセダーがネオセレッサ宅を焼き、焼け跡でゴトーがマグに記憶装置を食わせた後の話。


少なくともオラクルともハルファとも違う場所。
空は漆黒、星は極彩色でうねりを生み、地獄の様相を呈している。
その空の下に、かつて教会だったであろう建物がある。屋根は焼け落ち、壁も半壊している。廃墟と呼んで違いないだろう。

そんな教会の中にある懺悔室の信者席に、ゴトーは座っていた。座らされていた、というのが正しい。
なぜなら、この場所には自分から訪れることはできないからである。

「…しかし、なぜ懺悔室なのでしょうか?」

ゴトーが壁の向こう、神父側の席に向けて尋ねる。
誰かがいる気配はするが、それはおよそ形容しがたい何かだった。

「テメェ…しらばっくれてんじゃねえよ、あんなもん食わしといて」

神父席から声がする。ややしゃがれた男の声だった。話しぶりから口は悪い方らしい。

「あぁ、あれですか。仕方なかったのですよ、ああしないと話が進まないので」

平然とゴトーは話を続ける。声だけ聴けば、気の置けない友人同士の会話のようにも思える。
「彼」との関わりは、今に始まったものではないからだ。
そして、あれとは、以前にゴトーが自身のマグに食べさせた記憶装置のことだ。
なぜ「彼」とマグが繋がっているのかはここでは割愛する。

「よく言うわな、面白半分で食わしたくせによぉ」
「はは…でも、興味深いものが見れたでしょう?」

記憶装置に入っていたものは動画データだった。
それも、仲間に危害を加えかねない者からの、だ。

「…まぁ、その点に関しては評価してやるよ。だからって勝手に食わした事を許すつもりはねぇぞ」
「手厳しいですねぇ、まぁいいでしょう…で、ここに呼んだ理由は?」

この懺悔室に呼ばれた理由。それがマグへの扱い方だけではないのをゴトーは分かっていた。
そもそも、そんな些細な事で呼ばれるなら、ほぼ毎日呼び出されているだろう、という思いもあったが。

「ほら、これだ」

壁についている小さな扉から、羊皮紙が出てくる。

「…羊皮紙…久しく見てなかったですね」
「あぁ?ケチつける気かテメェ?」
「いえ、こだわってますね、と」
「世界観はきちんとしとかねぇと、なぁ?」
「すぐそうやって周囲を敵に回す…っと、これ、中身は文書データのものですか?」
「この話の流れで無関係なモン出すと思うか?」
「それもそうですね…ふむ…」

くだらない冗談を挟みながら、ゴトーは内容に目を通していた。
どうやら、「彼」が渡してきたのは記憶装置の中に入っていた文書データを写したもののようだ。
中は、今回の出来事の中心人物、ファルセダーの協力者を名乗る人物からのメッセージであった。
だが、写されていた文章は途中で終わっていた。

「なるほど…?おや、続きは?」
「あぁ?アレで見れたのはここまでだ。先は鍵かかってて開かねぇ」

「彼」と繋がっているマグではここまでしか開くことができなかったらしい。

「君でも?」
「…これ以上は足がつくぞ?」
「それは困りますね、止めておきましょう」
「そのためにアレ使ってるんだろが、ボケてんのか」
「理由の説明はきちんとしないといけませんからね」
「すーぐ周囲にいい面しやがる…」

冗談でお茶を濁しているうちに、ゴトーはふいに思い出したことを「彼」に尋ねた。

「そういえば、まだ中身があったはずですが?」

マグで読み込んだ時には、データは3つ存在していた。
マグに食べさせたときに見た動画と文書データ、そしてもう一つ。

「ん、あぁ?ありゃ動画だったろ、鍵は開けてるから“向こう”で見てくれ」

どうやら「彼」も把握済みだったらしく、そのデータのロックを外してくれたようだった。

「わかりましたよ、ここじゃ動画を見れる設備がないですからね」
「言ってろ」

おそらく「彼」は既に見たのだろう。見せないように仕向けた事にゴトーは皮肉で答えた。


「…ところでよぉ、これからどうするつもりだ?」

「彼」から問いかけられた。だが、ゴトーはそれが質問ではなく、確認だということを知っている。

「…君も見聞きしたのなら分かるはずでは?」
「さっきテメェが言ったんだろ、説明はきちんとしろってよぉ」
「それもそうでしたね。もちろん、”処理”しますよ」

このやり取りも、何度となく行ってきたものだ。
処理。幾度となく行ってきた作業だ。「彼」に呼び出されたとき、この作業を行わないことはなかった。

「忘れてなかったか。日和るもんならここでどついてるところだったのになぁ」
「どこか残念そうなのはどうしてでしょうねぇ…」

ゴトーがこの作業を久しく行っていなかったのも事実だった。

「気にすんな。んじゃぁ、”客”もいるし久しぶりにアレ、やっとくか」

その空気を察したのか、「彼」が面白半分の提案をしてきた。

「えぇ、わかりましたよ」

ゴトーはその提案に乗ることにした。これが”客”への説明になるからだ。
「彼」が書物を開き、読み上げる。

「――誓い給え、魂を贄とし、己が罪を贖うことを――」