「もう……、初めての土地だからって、あっちこっち行ったら駄目よ?暁明くんの捜索でリテムの方々にもお世話になっちゃったんだから」
「色々珍しくてさあ……ごめんごめん。エアリオリージョンから出たことないからちょっと興奮しちまった」
暁明にとって、初めてのリテムでの任務。
砂が果てしなく広がる大地を目の前に、暁明は子供のようにはしゃいだ。そして、好奇心に負けた彼は、配属されている隊から離れて行ってしまったのである。
いざ任務開始という時には既に暁明の姿はなく、テノは最悪の事態を予測してパニック寸前に。慌ててリテムシティに助けを求め、派遣されたアークスの一部隊と共に、暁明捜索を開始したのだ。
加えて暁明のマグはエネミーの攻撃が直撃して故障し、座標を送信することも、テノ側に連絡を取ることもできない状態だった。
人の力だけが頼りの捜索である。
暁明が見つかったのは、任務終了予定時刻が近付いてきた時だった。
結局任務は別のアークスが行い、テノと暁明は手ぶらでエアリオに戻って来たのだ。
――――その後。
テノとリテムでの初任務を終えた暁明は、一人、セントラルシティのセナの私室に呼び出されていた。
「セナー!とーさあん!」
開いたドアから、元気よく室内へ飛び込む。
そこは相変わらず、二十代半ばを過ぎた男の部屋とは思えないほど可愛らしかった。
テイムズを模したぬいぐるみがあちこちに置かれ、ファンシーな本棚には、少女漫画がびっしりと並べられている。
その他にも、カラフルなキャンディーの詰まった瓶、マニキュアの入った小箱、化粧道具など……男性要素は皆無の部屋である。
セナは、こちらに背を向けて椅子に座り、仕事だろう、端末を操作していた。部屋にいる時くらい休めばいいのに、と暁明は思う。
「兄さんな」
いつもと同じ、呆れたような口調で訂正された。
自分が老けて見られるのを極端に嫌がるセナは、暁明から「父さん」と呼ばれるのを好まない。呼び捨てはまだ認めてくれるが、それでも「兄さん」と呼ばれるのが嬉しいらしい。
端末に夢中なのか、まだセナは振り向かない。こちらに興味がないように見えて、ちょっと面白くない。
そうだ、少し驚かせてやろう。
そう思った暁明は、ゆっくりセナの方へ歩み寄り始めた。
狩りで鍛えた息と足音の殺し方、気配の消し方をフル活用して、じりじりと距離を詰めていく。
十分に距離を縮めた直後、ためらいなく端末を操作している背中に飛びついた。
「わあっ!?」
後ろから暁明に容赦なく飛びつかれ、悲鳴を上げて椅子ごと後ろへひっくり返るセナ。暁明はというと、セナと椅子に潰されながらも、満面の笑みだった。
「あっはは、成功だぜ!で、父さん、用件ってなんだ?」
「いった……はぁ…………兄さん。お前、わざと言ってるだろう」
「はは、ごめんごめん。それで用件は?これからテノと今日の晩飯獲りに行くから手短にな!」
「晩飯を獲るって……まだお前は野宿ばかりしてるのか?テノ嬢のためにも、宿舎で生活しろとあれほど……」
「テノがいいって言ってんだからいいんだよ。……で?」
二人してひっくり返ったまま会話をしている姿は、なんとも間抜けだった。
セナは下で自分にしがみついたままの暁明の腕をほどき、起き上がる。
一つ深く息を吐いて、キョトンとした表情の暁明に、一発デコピンをお見舞いした。
「いでっ!急になにすんだよ!うぅ……結構痛い……」
思ってもみなかった攻撃に、暁明は額を両手で押さえ、捨てられた子犬のような目でセナを見た。その視線に、セナはうっと声を漏らして顔を背けた。
暁明の弱々しい表情は、彼を家族のように思っているセナに対して効果は抜群である。
一度深呼吸をして、再び暁明を見るセナ。
「……お前、リテムで任務を放り出した挙句、迷子になったんだって?」
「えっ、何で知って……!?」
「オペレーターだから、アークスの任務遂行状況を把握しておくのは当然だよ。それに、隣のリージョンに行ったくらいで私の目から逃げられると思わないことだね」
「俺別に逃げてないし……」
「随分とテノ嬢を心配させて、リテムのアークスにも迷惑かけただろう。……それで、私の用件と言うのはね」
セナは暁明の傍から離れ、机の引き出しから何かを取り出した。シャラ、と澄んだ音が部屋に響く。
こっちへおいでと手招きされ、素直に従う暁明。
「これをあげようと思ってね」
そう言ってにっこりと笑ったセナは、暁明の首に何かを装着した。
一歩後ろへ下がり、満足そうに頷くセナを不思議に思い、暁明は首を傾げた。
シャラン。
すると、自分の首元から鈴の音がした。
「……なあ、これって」
「猫の首輪さ。よく似合ってるよ」
思わず顔が引きつった暁明に対し、セナは笑顔のままだ。
「この鈴、わりと音大きいだろう?だからすぐ見つけてもらえる。発信機も付けてあるから、今回のようにマグが故障しても座標がわかる優れものだよ」
「や、俺、鈴は……。セナに飼われてるわけじゃねえしさぁ……」
「なあ、暁明?他所様に迷惑をかけるのはいけないことなんだよ。今までは私が困るくらいで済んだからいいけどさ」
にこにこと笑顔を浮かべたままセナは言い、暁明の首の鈴を指で鳴らす。
「――今度同じようなことをしてみろ、ぶっ飛ばすぞ」
一瞬でセナの顔から笑顔が消え、険しい顔になる。
……これは本気で怒ってる。今度任務すっぽかして迷子になったら絶対殴られる。いや、殴られるだけじゃ済まないかも。
暁明は背中を冷や汗が伝うのを感じながら、無言でこくこくと頷いた。
――――それから数日後。
久々にオラクルに帰り、テノの部屋でくつろいでいたテノと暁明。
暁明が動く度にリンリンシャンシャンと主張してくる首の鈴が、二人とも気になって仕方がなかった。
「ねえ暁明くん、その鈴外せないの?」
「や……なんか、引っ張っても取れないし、触っても取り外せそうなとこないんだよな」
ちょっと見てくれねえか、と暁明はテノに背を向ける。
「どれどれ…………ほや……!?」
素っ頓狂な声を上げたテノに、暁明は顔だけ振り返った。
「ん、どうした?」
「これ……パスワードを入力しないと取り外せないようになってるわよ」
「ええっ!?」
「暁明くん、セナさんを本気で怒らせちゃったのね……」
――――その後。
「ほ、ホントに悪かった、もう任務忘れたり迷子になったりしないから……!」
「……で?」
「あ、ちゃんとテノやリテムの人にもお礼を言う!あと……こ、これ、菓子の詰め合わせ……」
「よろしい。鈴の音を調整してあげるからおいで」
「え?外してくれんじゃねえの?てか音量調節できるんだ……」
「意外と似合ってるしさ。お風呂とかでどうしても外したかったら私のところへ来なさい」
鈴の音のせいでエネミーに気付かれやすくなり、狩りの獲物にも逃げられ続けた暁明は、菓子の詰め合わせを持ってセナの私室を訪れた。この前の迷子騒動の謝罪のためだ。
だが、結局鈴は外されないままとなったのだった。